瑣事加減

2019年1月27日ダイアリーから移行。過去記事に文字化けがあります(徐々に修正中)。

池内紀の中公新書(1)

 5月8日付「池内紀「雑司が谷 わが夢の町」(3)に取り上げた中公新書2023『東京ひとり散歩』は、2007年と2008年の2年間「中央公論」に連載した「足の向くままいちにち散歩」を中心に纏めたものだった。――この頃、池内氏は「中央公論」に持っていた連載を、大体2年ごとに本に纏めていたらしい。
中公新書1742『ひとり旅は楽し』2004年4月25日発行・定価720円・207頁

 206~207頁「あとがき」は、207頁13行め「二〇〇四年三月」付、最後に初出の説明と謝辞がある。207頁8~12行め、

「自由時間――ひとり旅は楽し」と題して『中央公論』に二〇〇二年一月号から二年間にわ/たり連載した。そのかなりをホテルの机や、駅のベンチや、旅先のカフェで書いた。地球の/裏側から送ったこともある。
 連載中は中央公論編集部の藤平歩さん、中公新書に収めるにあたっては並木光晴さんのお/世話になった。とても楽しい仕事になった。

とある。
 内容についてはカバー表紙折返しの右上、2本の子持線(3.7cm)の1本めの上に横組み明朝体太字で標題、2本の間(8.7cm)に縦組みで以下のように紹介されている。

ひとり旅が自由気ままと思うのは早計というもの。ハー/ドな旅の「お伴」は、厳選された品々でなければならな/い。旅の名人はみな、独自のスタイルをもっている。山/下清の下駄や寅さんの革トランクにしても、愛用するに/は立派なワケがあるのだ。疲れにくい歩き方や良い宿を/見つけるコツから、温泉を楽しむ秘訣、さらには土産選/びのヒントまで、達人ならではのノウハウが満載。ここ/ろの準備ができたら、さあ旅に出かけよう。


 他の著作に共通する記述が見られるようだが、池内氏の本を多く見ていない(もちろん持っていない)私には余り多くは分からない。――「あとがき」の書き出し、206頁2~6行め、

 高校二年の夏休みに、列車を乗り継いで本州一周をした。いま思えば幼い旅だったが、記/憶がしばしばそこにもどっていくから、「旅歴」といったものの始まりだったのだろう。わ/が家、わが町を出る。とたんに五感がいきいきしだすことに気がついた。目がこまかく観察/する。耳が声や音を聞き分ける。鼻が匂いをかぎとる。ふだんとちがう自分がいる。「もう/一つの人生」がある。


 この旅行の詳細は『記憶の海辺』や歿後に纏められた『昭和の青春 播磨を想う』に収録された「姫路駅三代」に詳述されている。
 それから私が注目している居住歴では、115~149頁「Ⅳ」章の4節め、142~149頁「身近なところで」に、142頁4行め、

 私は東京の西寄りの一角、地名のおしりに「寺」のつく町にすんでいる。‥‥

とある。国分寺市で、三鷹市に移ったのはこの連載中か後と云うことになる。
 ついでだから中公新書1742『ひとり旅は楽し』中公新書2023『東京ひとり散歩』の間に挟まる1冊も見て置こう。
中公新書1885『異国を楽しむ』2007年2月25日発行・定価720円・198頁

 195~198頁「あとがき」は、198頁8行め「二〇〇七年一月」付、最後に初出の説明と謝辞がある。198頁1~7行め、

 平成十七年(二〇〇五)一月号から二年間にわたり、『中央公論』に連載した。その間、/井之上達矢さんのお世話になった。原稿のうちの三分の一ちかくは旅先から送った覚えがあ/る。ファクシミリ送付をたのんで手書きの原稿を差し出すと、ホテルのフロント係は、フシ/ギな日本語の書き文字をしげしげとながめていた。
 新書にしてくださったのは、中公新書編集部の高橋真理子さん、どうもありがとう。同じ/中公新書の『ドイツ 町から町へ』『ひとり旅は楽し』に『異国を楽しむ』が加わって、気ま/まな旅の三人づれができた。


 「中央公論」への連載は『ひとり旅は楽し』以前から始まっているようだ。そして『東京ひとり散歩』以後も続いたようだ。2004年には連載がなかったのであろうか。――6月26日付「池内紀『記憶の海辺』(6)」の最後に述べたように、池内氏の『全集』は出しようがないし、繰り返しもしくは異文(variant)が多いから網羅しても余り意味がないと思う。だから、早く、誰か、初出・再録まで分かるような、完全な著述目録を作成・公開して欲しいのである。(以下続稿)