昨日の続きで、NHKで9月20日の昼に地上波で初放送された松本清張ドラマ「黒い画集~証言~」について。NHKプラスの見逃し配信は今日の14:34で終わってしまったけれども。
・堀川弘通監督映画『黒い画集 あるサラリーマンの証言』昭和35年(1960)3月13日公開
映画でもドラマでも第二の殺人事件が起こる。映画では、この事件のせいで、第一の事件について偽証して、部下との不倫関係を隠し通そうと云う主人公の計画が崩れてしまうのだが、私はどうもこの展開が好きではなかった。そのせいか、この辺りは余りよく覚えていない。
ドラマでは、この第二の事件を石野(谷原章介)が犯すのである。しかも、石野の犯罪であることは(当事者以外に2人、知っているのだが)発覚しないのである。
以下、所謂ネタばれになることを、念のため注意して置きます。それから、映画もTVドラマも再見せずに記憶に頼って書いておりますので、記憶違いがあるかも知れぬことをお断りして置きます。出来れば数年前に見た映画を2本とも再見して、遠からず訂正記事を上げたいところ。
さて、梅沢は能登の母子家庭出身の大学院生なので、主婦や退職者を対象にした陶芸教室の講師をしたり、夜はバーテンダーをしたりして稼いでいるのだが、その店の方で石野と知り合うのである。ところが、陶芸教室の方に石野の妻が通い始め、そのことを梅沢が「素敵な奥さんだね」等と石野に告げたものだから少々話が拗れ始める。梅沢が夫とそういう関係であることを知らない石野の妻が、成り行きで梅沢を自宅に招いてしまったものだから、石野は梅沢が嫉妬して自分の家庭を壊しに掛かったのかと慌てるのである。
ここで、舞台が金沢であることが効いてくる。2017年4月25日付「松本清張『ゼロの焦点』(3)」にて、犬童一心監督映画『ゼロの焦点』で、昭和32年(1957)の金沢で全国初の女性市長(黒田福美)誕生と云う設定になっているのを「どう考えてもあり得ない」と批判したのだが、例の運動会の最終聖火ランナーに「純粋な日本人男性」を望んでいたと云う大会組織委員会元会長のお膝元なのである。――東京でも、バレたら離婚やら何やらで多くを失うことにはなるだろうが、金沢では全てを失うことになるだろう。石野は家付きの一人娘・幸子に入婿して25年、年齢は50歳かそこいらで、医学部を卒業する頃に、医学部OBの義父が、短大もしくは四大を卒業する娘に相応しい相手を探していると云うので、教授の紹介で引き合わされ、教授の仲人で結婚したのであろう。初めは義父の病院を副院長として手伝い、義父の歿後は院長として切り盛りしている。市の中心部のビルにクリニックを構え、旧医院を建て替える際にビルにしたとすれば、ビルのオーナーとしての収入もあるだろう。そして郊外の住宅地に、やはり義父譲りのゆったりと広い邸宅を構えている。娘の通う私立女子高に夫婦して娘のチアリーディング部の壮行会に顔を出せば、校長や理事長がへこへこして寄付の礼を言いに来るような、地方の名士なのである。
それが全て崩れてしまうから慎重に梅沢と交際し、うっかり山代で顔を見られた杉山の件でも偽証したのに、それをのこのこ自宅に乗り込んで来るなど、絶対にやってはいけないこととは梅沢も分かっているはずである。そこに踏み込んで来たものだから、大いに焦ったのである。
しかし梅沢の方は、石野の社会的立場を考慮すればこのまま継続出来ないことは重々承知しており、石野家の家族、明るくて素敵な奥さん(西田尚美)、出来は良くないけれども医院を継ぐべく医学部に通っている長男(吉村界人)、すらりと長身で可愛い高校生の長女(山田佳奈実)とも親しく話す機会を持ったことで、この家庭を壊しては絶対いけないと決心し、店に飲みに来た東京の美術商が自分に気があることに気付くと、大学院修了後に東京に進出する際のパトロンとして利用すべく彼と関係を結び、自ら石野を裏切ることで石野への思いを断ち切ろうとするのである。
しかし早朝、美術商の車で工房に帰って来たのを、最後の話をすべく中で待っていた石野に目撃され、わざと愛想づかしのようなことを言って思い切らせようとするのだが、嫉妬で激昂した石野に絞殺されてしまうのである。――私は以前から、殺人事件の記録などを読んでいて、別れるためにわざと愛想づかしをして、その真意を知らない相手に殺されてしまう場面に到ると、無難に別れることも可能だったろうに、どうしてもう少し落ち着いて対処出来なかったのか、と思ってしまうのだが、そういう体験をほぼしていないからそんな風に思えるのかも知れない。
それはともかく、これまでの密会がバレなかったように、梅沢殺しもやっぱりバレない。――石野家では梅沢殺しのテレビのニュースを見ながら、娘が、どこから仕入れたのか、男性と性交していたんだって、と言って、母と「そんな人とは思わなかったのにねぇ」と語り合うのを、いたたまれない思いで聞くのである。で、全く捜査線上に浮上せず、この件で刑事が石野家を訪ねて来ることもない。例の美術商は性交の相手なので容疑者扱いされたかも知れないが、この事件に関する世間の反応や警察の動きは以後、全く語られることはないのである。
このとき真相を知っているのは石野ただ1人、梅沢との関係が縺れて来たところで、妻に心配されて、杉山の件で偽証していたことを打ち明けているのだが、行きずりの女性と浮気していたことにしていた。このとき、前回触れた、杉山に言い寄られたことを妻が打ち明けて、杉山のために証言する必要なんかないと応援(?)してもらうのだが、今度は殺人である。いよいよ打ち明けようもなく独り思い悩み、眠れない夜が続き、遂に自殺を考えて自宅書斎の机の引き出しに劇薬を忍ばせるに至る。
と、この辺りまで来て、――あぁ、これは「証言」ではなくて、『女の中にいる他人』みたいになって来たな、と思ったのである。(以下続稿)