瑣事加減

2019年1月27日ダイアリーから移行。過去記事に文字化けがあります(徐々に修正中)。

成瀬巳喜男監督『女の中にいる他人』(3)

 昨日の続き。
 9月20日の午後に放送されたNHK松本清張ドラマ「黒い画集~証言~」を見ていて、私は途中でこれは『女の中にいる他人』で落ちを付けるつもりだな、と思ったのである。
 映画『女の中にいる他人』も、映画『黒い画集 あるサラリーマンの証言』と同じく小林桂樹主演である。これが松本清張ドラマ「黒い画集~証言~」の後半とどう似ているのか、随分前に見た記憶に頼って書いてみる。違ったところは後で訂正するつもり。ネタばれな上に間違っているかも知れないとは、我ながらどんなものかと思うのだけれども。
 田代勲(小林桂樹)雅子(新珠三千代)夫妻は鎌倉で2人の子供と勲の母・栄子(長岡輝子)の5人で暮らしている。近所に住んでいる親友の杉本隆吉(三橋達也)さゆり(若林映子)夫妻とは、杉本夫妻が田代家を訪ねて休日を過ごすなど家族ぐるみの付き合いである。
 小林桂樹(1923.11.23~2010.9.16)と三橋達也(1923.11.2~2004.5.15)は公開時42歳。役者も同年で、それこそ子供の頃から近所で育ち、同じ旧制中学に通った、そんな関係のように見える。それぞれの妻を演じた新珠三千代(1930.1.15~2001.3.17)は公開時36歳、若林映子(1939.12.13生)は公開時26歳。
 さて、傍目には幸福な家庭にしか見えない田代家だが、何と勲は親友の妻・さゆりと浮気しているのである。さゆりの友人・加藤弓子(草笛光子)の、都心のマンションを逢い引きの場所に借りて、やはり都心の雑誌社の管理職の田代勲は、時間の都合を付けては密会を愉しんでいる。
 ところが、さゆりは性交の最中に性感が高まるとて首を絞めるよう要求するようになり、田代は応じているうちに誤って窒息死させてしまう。死体を放置して逃げる田代。帰宅した弓子が発見・通報して事件はすぐに発覚する。もちろんさゆりの浮気相手が犯人に違いないのだが、弓子はさゆりの相手に会ったことがなく、捜査は早速暗礁に乗り上げる。
 田代は独り、罪悪感を抱えつつ過ごしている。そして、細かい経緯は忘れてしまったが、弓子が田代の後ろ姿を見て、1度だけ、やはり後ろ姿だけ見たことのあったさゆりの浮気相手だと気付くのである。その場に居合わせていた杉本にも告げて、通報しようとするが杉本に止められる。
 そう、杉本は妻を殺した浮気相手が親友の田代だと知りながら、かばうのである。
 ここからは想像になるのだが、――杉本は都心で建築事務所を経営している社長である。大学の建築科を卒業してしばらくは大手事務所で働きながら研鑽し、そして今は事務所の経営に忙しくしていて、田代のように老母がいるわけでもなく、周囲に強く勧める人もいないので独身のまま30代半ばを過ぎてしまった。
 さゆりとはどう知り合ったのか、銀座のホステスか何かだとすると、取引先の接待で銀座の店に来た、建築事務所社長で、お金もあって良い男で、紳士で話も上手い、鎌倉に戦前からの広い家もあると云う田代に興味を持って、猛アタックを掛けたのではあるまいか。一回り以上若く、グラマーで派手な顔立ちのさゆりに言い寄られて、杉本も悪い気はしない。
 そして結婚したものの、鎌倉での生活はさゆりにとって甚だ退屈なものだった。衣食住満ち足りているが、夫の杉本は朝早く東京の事務所に出勤して、夜遅く帰って来る。場合によっては事務所に泊まり込んで帰って来ない。いや、それは分かっていたはずなのだけれども。常に忙しくしていて疲れているから夫婦の営みも滅多にない。子供も出来ないまま何年か経ってしまった。たまの休日も、以前からの習慣で田代家でくつろぐことになっているから、本当に夫婦の時間と云うものが持てないのである。
 杉本も、妻にそういう思いをさせていることは分かっているが、どうにもならないので、金銭や時間を自由にさせることを、そのせめてもの埋め合わせにしている。しかし、金と時間そして性的欲求を持て余したさゆりは、浮気に走るのである。しかし、杉本は妻の浮気に薄々感付いていても、自分が碌々相手をしてやれないことでそのような不品行に妻を走らせている、と云う負い目を感じているので強く出られない。
 もちろん、その相手が親友の田代だとは杉本は思ってもみなかったのだが、――さゆりは田代家を訪ねるうち、美人だけれども子供たちに対する良き母、姑に対する良き嫁として励む、絵に描いたような良妻賢母の田代雅子に、田代がときめかなくなっていることを目敏く発見してしまったのである。きっかけは何でも良いのだが、それこそ、――映画の券をもらってたまには夫婦だけで映画館に出掛けようと計画していたものの、当日子供が熱を出したとかで貴方だけ行ってらっしゃいと云うことになり、仕方なく東京に独り出て来た田代にばったりと会い、うちも夫婦なのに自分を第一に考えてくれない、私も淋しいの、とか何とか言いながら色眼を使って、あっさり堕としてしまったのだろう。
 バレないように宜しくやっていたのが、思わぬことで破局を迎える。
 杉本には、何で田代が妻を手に掛けたのか、分からない。いや、妻を殺した相手が分からなかったときにはそういう興味もあった。しかし、田代だと分かってしまうと、犯人にそこを問い質そうという気持ちは失せてしまって、またぞろ自分を責めるような気持ちになってしまった、らしいのである。
 要するに、自分がさゆりみたいな女に引っ掛かって、そんな女を欲求不満にして、あぁ見えて実は性欲旺盛な親友に近付けてしまったものだからこんなことになったので、事件の責任のかなりの部分を自分が負っている、と。――かつ、自ら通報して、親友を逮捕させることになる。それも、堪え難い。そうなれば、田代家はもう鎌倉にいられなくなる。もちろん自分もいづらくなるが、親友に道を踏み誤らせただけでなく、親友の妻、子供たち、老母、――さゆりと結婚するまでは、いや、結婚してからも、自分の家族のように親しんで来た人たちを奈落の底に突き落とすことになる。幸い、警察は田代のことを全くマークしていないらしい。ここは自分さえ口を噤んでおれば、田代との付き合いは気まずくなって絶えてしまうかも知れないが、少なくとも田代家の安寧は維持されるはずだ。
 どうも、そんなことを考えたらしいのである。(以下続稿)