瑣事加減

2019年1月27日ダイアリーから移行。過去記事に文字化けがあります(徐々に修正中)。

「木曾の旅人」と「蓮華温泉の怪話」拾遺(06) 影①

 1月4日付(3)に引いた『岡本綺堂読物選集』④異妖編 上巻の岡本経一「あとがき」に、「晩年の昭和十一年三月、これを「影」として戯曲化したが、戦後の二十二年十月、六代目菊五郎花柳章太郎の顔合せに初めて上演された。」とあった。
 この「木曾の旅人」の劇化「影」は、六代目菊五郎花柳章太郎というのだから、女の出番がある。若い男の身の上を拡大して見せたことになろうか。そんなことを考えながら、まず『岡本綺堂読物選集』の姉妹編である『岡本綺堂戯曲選集』全八巻に当たってみたのだが、収録されていない。そうなると初出誌を見るよりないのだが、ぐずぐずしてようやく複写を取った直後に、岡本綺堂東雅夫 編『飛騨の怪談 新編 綺堂怪奇名作選』(二〇〇八年三月五日初版第一刷発行・定価2300円・メディアファクトリー・317頁)が刊行されてしまった。そこで、ここでは、この本に記載のない事項をいくつか補足して置きたい。
・舞台の写真
 この舞台の写真であるが、六代目菊五郎記念出版委員會 編纂『六代目菊五郎』(昭和二十五年八月二十五日發行・改造社)という和綴じの豪華写真集の「舞臺冩眞」のところに掲載されている。
 渥美清太郎による「解説」154頁には次のようにある。

 (5)は昭和二十二年十月、有樂座所演、岡本綺堂作「影」の炭燒重兵衞。他は花柳章太郎の藝者おつやと、市川男女藏の旅人。
 伊豆山中の炭燒小屋へ、影のやうに現れた男は、殺人犯だと知つて、炭燒の親仁と、その娘の藝者が、互いに異つた感情に打たれる芝居。花柳と第二回の顔合せ芝居であつた。


 写真には、土間に切った炉を挟んで、顔を汚した老人と洋装の紳士が向かい合い、老人の両脇に藝者と少年がいる。雑誌「演劇界」第五卷第八號(昭和廿二年十二月一日發行)の「藝能日録」十月四日条には「◎今日左の劇場が初日を開ける。」とする中に「有樂座(尾上菊五郎一座、花柳章太郎參加)」がある。「岡本綺堂作「影」一幕、美術考證木村莊八」は第一部のうち。配役は以下の通り。
  重兵衛    六代目尾上菊五郎(1885.8.26〜1949.7.10)
  旅 人     四代目市川男女蔵、のち三代目市川左團次(1898.8.26〜1969.10.3)
  巡 査     二代目尾上松緑(1913.3.28〜1989.6.25)
  青年団甲   七代目坂東彦三郎、のち十七代目市村羽左衛門(1916.7.11〜2001.7.8)
  青年団乙   二代目尾上九朗右衛門(1922.1.22〜2004.3.28)
  青年団丙   八代目(十六代目)市村家橘、のち二代目市村吉五郎(1918.1.18〜2010.2.17)
  おつや     花柳章太郎(1894.5.24〜1965.1.6)
 巻頭グラビアには「「影」花柳章太郎のおつや」として、立ち姿。男ばかりの原作に、新派らしく女性を出して華やぎを添えた、ということであろう。舞台写真には子役も写っているが、誰だか分からない。
・劇評
 大笹吉雄(1941生)『日本現代演劇史』昭和戦後篇Ⅰ(一九九八年一二月一日発行・白水社)409〜410頁は、「この公演は評判がよくなかった」として、安藤鶴夫の劇評を引用している。

日本現代演劇史 (昭和戦後篇 1)

日本現代演劇史 (昭和戦後篇 1)

 安藤鶴夫の評は「スクリーン・ステージ」(昭和22年10月21日*1)の劇評「東京劇場・有楽座・三越劇場をみる」で、『安藤鶴夫作品集』Ⅲ 芸(昭和四十五年十二月十日第一刷発行・一六〇〇円・朝日新聞社・499頁。[復刻]一九九七年三月一日発行あり。)に収録されている(312〜314頁)。安藤氏は「綺堂の凡作『影』」と書き、六代目を「菊の意欲喪失」と総評している。一方で花柳章太郎については「花柳章太郎の三役は「くさまくら」のおさとと「影」のおつやを仕分けてはいるがこれも当然で」として、こちらは普通にこなしているという評である。
芸 (安藤鶴夫作品集)

芸 (安藤鶴夫作品集)

花柳章太郎使用の台本
国立劇場所蔵 花柳章太郎使用新派台本目録』(平成5年3月31日発行・日本芸術文化振興会編集・国立劇場調査養成部資料課・136頁)16頁に

    1幕           142
 岡本綺堂[作]

  73p  24×18cm
  謄写印刷
  表表紙に「花柳様」とあり
  書き込み(ペン・鉛筆)
  メモ(3枚)

とある(原文横書き、括弧と数字は全て半角)。この目録は昭和43年(1968)に花柳章太郎(本名青山章太郎)未亡人青山勝子より寄贈されたものを整理したもので、平成6年(1994)4月2日から7月25日まで、国立劇場資料展示室にて「花柳章太郎使用 新派台本展」が行なわれたが、「影」は出陳されなかった。
 この台本を参照することによって、何か新しい事実の発掘があろうかとも思うのではあるが、所詮道楽調査に過ぎないので流石に台本の閲覧まではしていない。

*1:原本未見。