瑣事加減

2019年1月27日ダイアリーから移行。過去記事に文字化けがあります(徐々に修正中)。

北杜夫『南太平洋ひるね旅』(6)

・諸本(本文・図版)対照
 それでは、各章ごとに、諸本の図版の位置を確認して置こう。
 ①②③は写真が豊富に挿入されるが、④は地図のみである。①②の本文は同版の箇所が多いようだが一部組み直しがあり、図版にも差し替えがある。同じ図版が使用されている場合は①②は纏めて置いた。
 また、①②③は章ごとに斜体で番号が打たれているが、④には番号がない。①②の「目次」及び各章冒頭の章題は、2014年8月12日付「川端康成『古都』(4)」に注意した川端康成『古都』(昭和三十七年六月二十五日発行・昭和三十七年八月三十日三刷)と同様、分ち書き風に組まれている*1。もちろん③④では詰まっているが、ここでは①②に似せて示して置いた。なお、③は初刷と後刷で頁数が違うが、本文には関わらないのでここでは区別していない。
 章の題は①②は6行取り2字下げ、③は4行取り5字下げ、④5行取り3字下げで、明朝体でやや大きく入っているが、ここでは見易くするために仮に太字にして示した。
 写真に附されているキャプションは、頁の下にある場合は上に添えて、上にある場合は下に添えて、ゴシック体横組み・中央揃えで入っている。図版のみの頁は下に添える。例外については位置及び字体を註記した。①②と③で同じ図版を使用している場合は「=」、改めてある場合は「→」として、どう改めたか註記した。
 ごく ざっと 初めに
  ①②9~24頁2行め③7~20頁17行め④137~145頁下段10行め
・①12頁下、写真「PAN AMERICAN WORLD AIRWAYS PHOTO」斜体
・①②16~17頁(頁付なし)地図「南太平洋の島島」→③14~15頁(頁付なし)「南太平洋の島島」は文字と島を大きく書き直してある=④140~141頁
・②19頁下、挿図「キャプテン・クックの第一回公開の記録(クック,バイロン,/カートレッツ,ウィリス共著《世界周航記》1773年刊)の挿絵/左 クック諸島,マンガイア島の男/右 ハワイ諸島,サンドイッチ群島の男」キャプション下=③16頁下、キャプション上(1~2行めカンマ「,」が読点「、」に、3~4行め2字下げ)*2
※ ①と②の12~15・18~19頁は改版。
・①24頁左下、写真「オールドミスが憧れるかもしれぬ土人/(ニューカレドニアにて)」キャプション右詰め=②24頁左下「(ニューカレドニアにて)」キャプション右詰め=③20頁右下「ニューカレドニアにて」キャプション中央揃え
 日本国ハワイ州
  ①②21~41頁12行め③21~35頁15行め④145頁下段11行め~153頁下段7行め
・①②30頁下、写真「中古自動車売場」=③26頁右下
・①②31頁上、写真「おかず屋のウィンドー。(店じまいのあとで、品数は並んでいない。)」=③27頁左上「おかず屋のウィンドウ/(店じまいのあとで、品数は並んでいない)」
・①②34頁下、写真「日本映画館のひとつ」=③28頁右下
・①②35頁上、写真「ビリヤードの店先でやっている将棋」=③29頁左上
・①②40頁下、写真「ホノルル街頭の郵便屋さん」=③34頁右下
 ハワイの自然 など
  ①②43~57頁15行め③37~50頁4行め④153頁下段8行め~161頁上段20行め
・①②42頁(頁付なし)地図「ハワイ諸島」→③36頁(頁付なし)「ハワイ諸島」は文字と島を大きく書き直してある=④155頁左上
・①②44頁下、写真「ハワイ島のブラック・サンド海岸」=③38頁下
・①②51頁左上、写真「マウイ島日本語学校」=③44頁右上
・①②56頁下、写真「ワイキキのフラダンス」=③50頁左下、キャプション下
 タヒチの幻滅
  ①②59~79頁4行め③51~69頁7行め④161頁下段~171頁下段11行め
・①②58頁(頁付なし)写真「タヒチの女PHOTO A.SYLVAIN. COURTESY B.DANIELSON.」=③69頁左下「タヒチの女/PHOTO A.SYLVAIN./COURTESY B.DANIELSON.」キャプション下
・①②66頁下、写真「バナナのなるパペーテ郊外の道」=③57頁左下
※ ①は小口側の余白(0.2cm)が殆どないが②は余白(1.8cm)が広い。寸法(①4.9×7.4cm→②5.0×6.1cm)の違いは左側を削って画面が狭くなったため。③(4.5×6.0cm)は②よりも左側が広い。
・①②67頁上、写真「タヒチの近代女性」=③58頁右上
※ ①は小口側の余白(0.3cm)が殆どないが②は余白(1.9cm)が広い。寸法(①4.9×6.8cm→②5.1×5.6cm)の違いは画面の左右を削ったため。③(4.0×5.9cm)は①に比して右側が若干削られている。
・①②70頁上、写真「市場の一隅。(ぶらさげて売っているのは魚。)」=③61頁上、句点なし括弧全角
・①②80頁(頁付なし)左上、写真「日本製品、南海に雄飛か。(魚をぶらさげて/売る市場の男もゴムゾーリをはいている。)」=③70頁(頁付なし)左上「日本製品、南海にも雄飛か。(魚をぶらさげ/て売る市場の男もゴムゾーリをはいている)」
・①②80頁(頁付なし)右下、写真「パペーテの沖合すぐにこの小島がある。日独伊人、ペタン/派の仏人は、太平洋戦争中ここに収容されていたという。」=③70頁(頁付なし)右下
 タヒチの復活
  ①②81~98頁2行め③71~86頁4行め④171頁下段12行め~179頁下段9行め
・①②88頁右上、写真「パペーテの町中にとまるバス」=③77頁左上、左右下が広い
・①②90頁右上、写真「小さなタヒチのレディ」=③79頁左上、上下右が狭い
・①②91頁左下、写真(キャプションなし、立って泣いている全裸の男児
・①②92頁上、写真「タヒチの田舎道」→③81頁上「タヒチの田舎道」同じ3人の子供を写した別の写真
・①②94頁右下、写真「自宅の清野老人」=③82頁右上、下左右が狭い
・①②96頁上、写真「パペーテの海岸からモーレア島をのぞむ。」=③84頁上
・①②98頁下、写真「夕暮れに遊んでいる子供たち。向うにモーレア島。」→③86頁左下「夕暮れに遊んでいる子供、向うにモーレア島」
 モーレア島の踊り など
  ①②99~117頁16行め③87~103頁13行め④179頁下段10行め~188頁下段2行め
・①②101頁上、写真「モーレア島のクック湾」=③89頁上、右が狭い
・①②103頁左下、写真「タヒチの踊り子 (COURTESY B.DANIELSON)」
・①②106頁(頁付なし)地図「タヒチ島・モーレア島」右を上に横転→③93頁(頁付なし)「タヒチ島・モーレア島」右を上に横転=④184頁上段
・①②108頁右下、写真「土人の家? 実はホテルのバンガロー」=③96頁右上、右が狭い
・①②109頁下、写真「ヤシ林の中の牛の放牧」=③97頁下、上と左が狭く下は広い
・①②110頁上、写真「ビニール風船に集まった子供たち」=③98頁上
・①②113頁上、写真「花を飾られるゴーガンの墓 (パリ・マッチ誌掲載)
・①②116頁右上、写真「タヒチの少女」=③102頁右上
・①②118頁、写真「タヒチの田舎にて。」=③104頁(頁付なし)句点なし
 英国植民地フィジー
  ①②119~132頁3行め③105~116頁15行め④188頁下段3行め~194頁下段3行め
・①②121頁、地図「フイジー諸島」右を上に横転→③107頁(頁付なし)「フイジー諸島」右を上に横転=④189頁上段
※ ①②「ヴィディ・レブ島/ヴァヌア・レブ島」③「ヴィディ・レヴ島/ヴァヌア・レヴ島」
・①②128頁右上、写真「角力とりのようなフィジー女性」→③102頁右上「すもうとりのようなフィジー女性」
・①②129頁上、写真「スヴァ市街頭のインド人」=③113頁上、上左右が広い
・①②130頁下、写真「スヴァ市の土産物売り」=③114頁下、上が広い
・①②131頁左下、写真「スヴァ市の市場にて。」
・①②132頁左下、写真「天然パーマネントのフィジーの女」キャプション下=③116頁右下、下と右が狭い
 人喰いの本場
  ①②133~145頁15行め③117~128頁14行め④194頁下段4行め~200頁下段9行め
・①134頁右上、写真「白いスカート、フィジーのお巡りさん。」→②134頁右上=③118頁右上、句点なし
※ ①横から1人を写す、背後に一般人4人立つ。②③可動式のタラップが着けている大型の船を背景に、北氏と2人の警官の記念撮影
・①②135頁上、写真「腕木で浮きをつけたポリネシアのカヌー」=③119頁上、上と左右が広い
・①②140頁上、写真「あまり優雅でないフィジーの女たち」=③123頁上、右が広くもう1人(合計4人)
・①②144頁下、写真「フィジー部落の女たちの合唱」=③127頁下、上と左が広く、下が狭い
 ニューカレドニアの初日
  ①②147~157頁4行め③129~138頁12行め④200頁下段10行め~206頁上段1行め
・①146頁(頁付なし)右上、写真「キャプテン・クックに故郷のカレドニアを思/いださせた、糸杉に似たアラウカリアの樹。/ニューカレドニアの名はここから起った。」=②146頁(頁付なし)左右広く上は狭い
・①146頁(頁付なし)左下、写真「ニューカレドニア、原住民部落の中央にある/小屋。現在、祭りに使われているという。」キャプション右
・①②148頁下、写真「 “ゆびぬき” のような環礁のひとつ」=③130頁下、左右が狭い、右引用符下付き
・①②157頁左下、写真「マ ン ゴ ー を 手 に も つ/ニューカレドニアのチビ」=③130頁左下
10 閑人の玉遊び
  ①②159~169頁9行め③139~148頁17行め④206頁上段2行め~210頁下段15行め
・①②158頁下(頁付なし)写真「ニッケル鉱積出しのハシケで働く原地人」
・①②160頁右上、写真「ニューカレドニア特産のカグウ」=③140頁右上、上下左が狭い
・①②161頁左上、写真「ニッケル鉱積出しのハシケ」=③141頁左上、右が広い
・①②163頁下、写真「ハシケがくるまでゴロゴロする原地人。(日本船の上で。)」=③142頁下、句点なし括弧全角
・①②166頁右下、写真「まさに出鱈目な踊り」=③145頁左下「まさにでたらめな踊り」上下左右が広い
・①②170頁(頁付なし)写真「荷役のあい間にドミノをやっている原地人」=③148頁下、左と下が狭く上が広い
11 古い移民の日本人
  ①②171~183頁14行め③149~160頁2行め④210頁下段16行め~216頁下段7行め
・①②176頁右下、写真(「日本人之墓」)キャプションなし=③153頁左下、左右と上が広く下が狭い
・①②180頁下、写真「ニューカレドニアのバス」=③158頁右下、左右と下が広く上が狭い
・①②181頁上、写真「田舎道で会ったタキギ集めの少女」=③159頁左上、上下と左が広く右が狭い
・①②183頁左下、写真「マンゴーをかじる田舎の子供たち」=③160頁左上、上下が狭い
・①②184頁(頁付なし)写真「ニューカレドニアの田舎の子供たち」=③160頁右下、上下と左が狭い、キャプション下
12 カヴァの儀式
  ①②185~199頁5行め③161~173頁12行め④216頁下段8行め~223頁下段7行め
・①②190頁下、写真「フィジー人の部落」=③166頁下
・①②191頁上、写真「食後の洗いものをするフィジー部落の女」
※ ②7頁中扉に追加された写真はこのときの撮影であろう。
・①②198頁下、写真「少年たちの槍の踊り」→③172頁上
13 雨を降らす山
  ①②201~219頁1行め③175~191頁17行め④223頁下段8行め~232頁下段8行め
・①②200頁(頁付なし)写真「東サモアの部落にて。シャツを後ろ前に着ているが、その/ほうがオッパイはかくれ背中は丸出しで涼しいらしい。」=③174頁下寄り、右と下は広く上と左は狭い、キャプション下
・①②202頁上、写真「雲のかかるレインメーカー山」=③174頁上、上が広く左が狭い
・①②215頁上、写真「ペレー部落の子供たちの踊り」→③187頁上
・①②216頁下、写真「屋根をふく東サモア人」=③188頁下、左右が僅かに狭い
※ ①②3頁「目次」の扉の写真はこのときの撮影であろう。
・①②217頁左上、写真「“¼日本少女” のなかなか優雅な踊り」¼は縦に並べる=③189頁左上、上と右が広い、右引用符下付き
・①②219頁左下、写真「踊りの腰みのをつけた東サモアの子供」キャプション下→③191頁左下、同じ子供たち
14 西サモアの幽霊 など
  ①②221~237頁15行め③193~208頁10行め④232頁下段9行め~240頁下段19行め
・①②220頁(頁付なし)写真「西サモアの大酋長の墓」=③189頁左上、左が狭い
・①②226頁上、写真「バナナの葉で編んだ籠をかつぐ西サモアのおばちゃん」=③198頁上、左が狭い
・①②233頁下、写真「建物の軒下で商いをする子供」=③204頁上、左が狭い
・①②236頁下、写真「フォラを編むサモアの女」=③207頁下、左右と下が狭い
・①②238頁(頁付なし)写真「西サモア部落の花飾り」=③189頁右下、左が広く右が狭い、キャプション下
15 旅の終り
  ①②239~258頁13行め③209~226頁16行め④241~250頁下段6行め
・①②243頁下、写真「ビニール風船の威力」=③212頁下、右と下が広く左が狭い
・①②244頁上、写真「大ナタをふるって芝生を刈る」→③213頁上、最後に句点を附す
・①②247頁上、写真「雨宿りをした家。前にあるのはカヴァの盃。」=③216頁上、左右と下が狭い、句点1つめは読点に、2つめは削除
・①②253頁上、写真「スティブンソンの墓。」=③222頁上「スティヴンソンの墓」左右と上が狭い
 写真は①と③の後刷(二十一刷・二十二刷)が割合鮮明で、②(私の見たのが12刷と云うこともあってか)と③の初刷が暗く不鮮明である。なお、③は初刷と後刷で写真の明度の調整や微修正が行われているようである。これについては11月13日付(2)の続きで報告することとしよう。(以下続稿)

*1:①②43頁1行め「3 ハワイの自然など」は詰まる。

*2:2020年12月17日追記】この図版の③文庫版の一部の刷に於ける錯簡については、11月28日付(10)に述べた。