瑣事加減

2019年1月27日ダイアリーから移行。過去記事に文字化けがあります(徐々に修正中)。

ビートたけし『たけしくん、ハイ!』(43)

銀河テレビ小説たけしくんハイ!」シナリオとの異同(33)
 昨日の続き。――山上家については、もう少し確認したいこともあるのだけれども、それは設定が追加されて詳細になっている「続たけしくんハイ!」について検討する際に果たすこととしよう。
・第10回(1)英一郎⑤
 この回から次の回に掛けて、1月24日付(27)に見た、西野家の長男・英一郎(趙方豪)が家を出て下宿する話が具体化する。そして毎回出演していた西野家6人のうち、英一郎のみ出演しない回が出来て来る。すなわち、家を出てからは第12回に母の真利子(木の実ナナ)が、第15回に父の竹次郎(林隆三)が末弟のたけし(小磯勝弥)を連れて下宿を訪ねて来たときに登場し、第13回と第14回には出番がない。
 脚本の布勢博一は、1月12日付(15)に指摘したように、英一郎の状況をかなり詳しく書き込んでいる。しかしTVドラマではその大部分が省略されて、英一郎の出番は受験生の秀二郎と余り変わらない程度にされてしまった。――だから『シナリオ』との異同を点検している当ブログでは、自然、英一郎についての記述が多くなってしまう。
 さて、第10回は、まづ128頁上段2行め~129頁上段1行め「●西野家・表」の場面から始まる。TVドラマでは冒頭、「竿や~竿竹~、竿や~竿竹~」と竿竹売りの売り声が聞こえて来るが『シナリオ』にはそのような指定はない。たけしが同級生たちと缶蹴りをしている。ここで気になったのは敏夫(堀越太郎)のことを「敏坊」、久(伊藤環)のことを「チャー坊」と呼んでいることはTVドラマでもそのままなのだが、『シナリオ』では「健ちゃん」だった健一(浅野雅博)のことを「健坊」と呼んでいることである。なお、TVドラマの第2回では久のことを「ひさ坊」と呼んでいたのが、ここでは違っている。いや、鬼の正敏(藤原暁彦)が慌てて言っているので実は聞き取りづらく、「チャー」のようには聞こえるが「坊」と言っていたかどうか。とにかく「ひさ」ではないことは確かである。
 そしてたけしが蹴った缶が、松原源治(金田龍之介)の額に当たってしまい、たけしたちは一斉に逃げ出すのである。そして129頁上段2~15行め「●松原組の中」で源治と松原定子(今井和子)の会話があって、TVドラマでは続いて130頁下段~131頁下段7行め「●同・中」すなわち西野家の中で、英一郎が菊(千石規子)と真利子に「明日」下宿に移ることを話す場面になるが、『シナリオ』ではその前に、129頁上段16行め~130頁上段「●西野家・表」の場面があった。129頁上段17行めから抜いて置く。

  ゴミ捨てに出て来た真利子が、ふと家の横をの/  ぞく。
  ペンキのカンなどが積んである所にかくれてい/【129上】  るたけし、健一、敏夫、久、孝三、正敏。
  目が合う。
真利子「何やったの、あんた達は。」
  一同、シーンとしている。
真利子「何かやったね、その顔は、何やったの
たけし「何もしてないよ。」
真利子「嘘おっしゃい
  そこへ、ひょいとのぞく源治。
源 治「あ、おかみさん、別に大した事じゃねえか/ らあんまり叱らねえで。」
真利子「―― ?! あら、棟梁*1に何か悪さをしたんで/ すか?」
源 治「いやいや、悪さってほどのものじゃねえか/ ら。はずみだよ、はずみ。」
真利子「まあ、すみません、ほんとに。たけしッ
  たけし、下を向いてしまう。
  そこへ、帰って来る英一郎。
英一郎「ただいま。」
源 治「よう、お帰り。」
英一郎「こんにちは。」
源 治「あ、英一郎さん、ちょうど良かった。俺さ、/【129】 ここんとこ背中が痛えんだよね。何だろうね。一ぺ/ ん診*2てくれねえか。」
英一郎「おじさん、そりゃ無理だよ。そんなの。」
源 治「どうして? 医学部に行ってるんじゃない/ の?」
英一郎「冗談じゃないよ。俺、まだ二年だよ。あと四/ 年は待って貰わなきゃ。それより、早目にちゃんと/ した病院に行った方がいいよ。」
源 治「あ、そう。どうもね。知らねえ医者ってのは/ おっかねえんだよなあ。何か、親身になって貰えね/ えような気がしてさ。」
英一郎「そんな事ないって。(と、中に入る。)」
源 治「そいじゃね。(たけしに手を振って去る。)」
英一郎「母ちゃん、俺ね、明日下宿に移る事にした/ から。」
真利子「明日?」
たけし「―― ?! 下宿って?」
英一郎「お前は関係ないの。(と、真利子と一緒に中/ に入る。)」
健 一「兄貴、いなくなっちゃうのか?」
たけし「――。判んない。」【130上】


 注意されるのは、英一郎が「まだ二年だよ。あと四年は待って貰わなきゃ。」と言っていることで、6年制の医学部の、まだ2年生と云うのだが、しかし当時の東大の制度は1月10日付(13)に見たように、入学後に内部の試験を受けないと医学部に入れなかったし、2年までは駒場に通うはずで、本郷に下宿するのだから3年生以上でないと勘定が合わない。まぁこの程度であれば「まだ三年だよ。あと三年は待って貰わなきゃ。」と直せば良かろう。しかしTVドラマはこの場面を丸々省略したので、この英一郎の学年の問題はTVドラマを見る限りでは気にならない。
 さて、たけしは以前、英一郎が下宿の話を真利子と菊に切り出したときにいなかったから、ここで初めて兄の下宿計画を知ったことになる。そして、続く「●同・中」の場面では、すねて、英一郎が「父ちゃんに余計な事いうなよ」と言うのに逆らって、表に飛び出して大声で兄が家を出ると呼ばわるのである。
 TVドラマは英一郎が慌てた表情で「あいつ」と言ったところで切り替わって、東郷晴子が店主の駄菓子屋の場面になるが『シナリオ』には131頁下段8行め~132頁上段1行め「●同・表」」と云う続きがあった。131頁下段9行めから抜いて置こう。

  両手をメガホンにして叫んでいるたけし。
たけし「皆さあん 西野英一郎は本郷に下宿しま/ ァす 自分だけいい事をしまあす
  松原組から定子がのぞく。
定 子「何なの、たけ坊。」
たけし「エヘヘ。」
  英一郎が出て来る。
英一郎「たけし
たけし「何だよ、自分だけ好き勝手して(逃げて行/ く。)」
定 子「下宿すんの? 英一郎さん。」
英一郎「ええ、そうなんですけどね。あいつ、よっぽ/【131】 どいい事と勘違いしちゃって。」


 このように『シナリオ』では割合丁寧に描かれていた英一郎だが、TVドラマでは英一郎に関わる部分に狙いを定めて、省略して行ったかのようになっているのである。(以下続稿)

*1:ルビ「とうりよう」。

*2:ルビ「み」。