瑣事加減

2019年1月27日ダイアリーから移行。過去記事に文字化けがあります(徐々に修正中)。

ビートたけし『たけしくん、ハイ!』(27)

銀河テレビ小説たけしくんハイ!」シナリオとの異同(20)
 昨日の続き。
・第8回(1)英一郎④
 古田(綾田俊樹)の持って来た話で、西野一家はすっかり金持ちになれる希望に浮かされるのだが、そんな家族を余所に、英一郎(趙方豪)は家を出て下宿すると、朝飯を食いながら言い出すのである。
 この場面、TVドラマにももちろん存在するが、『シナリオ』に比べるとかなり端折られている。
 英一郎が家を出る決断を下したのは、まづ西野家では勉強出来ないことである。100頁下段19行め~101頁上段10行め、

真利子「そんな事は判ってるよ。お金どうするのと言/ ってるの。」【100】
英一郎「ああ、それは心配しなくてもいいよ。友達ん/ とこに転がり込むから。部屋代は半分でいいし、そ/ のくらい、家庭教師をもう一軒持ったら何とかな/ るから。」
真利子「――。」
英一郎「便利なんだって。赤門から歩いて五分だもの。/ 本郷の子供会の世話だってあるしさ。」
真利子「――。」
英一郎「な? いいだろ。土曜日はこっちに帰って来/ たっていいし。」


 TVドラマでは、家庭教師や子供会のことには触れていなかった。――家庭教師については、1月12日付(15)及び1月18日付(21)に触れた。まだ鈴木はるみの受験は済んでいないはずであるが、合格は堅いと踏んでいるのであろう。白ばら学園中学の生徒になる鈴木はるみの家庭教師を継続するとともに、はるみを合格させた実績を切り札にして、同じような階層の子女を鈴木伸子に紹介してもらえれば良い訳である。そして、1月12日付(15)に吉岡和子(戸川京子)とはその後どうなったのか心配(?)していたのだが、ここで子供会の件が持ち出されているところからすると、急がず着実に継続していると見て良さそうだ。
 初め、息子の金の心配をして反対する振りをしていた真利子(木の実ナナ)であったが、ここに来て本音を切り出さざるを得なくなる。第2回、『シナリオ』では26頁に、英一郎が竹次郎(林隆三)に同行して工場の塀のペンキ塗り費用の見積りをする場面があったが、――英一郎が同行してきちんと見積りしないとなると竹次郎は注文主に丸め込まれて、こっちの損になるくらいの安値で請け負ってしまいかねない。それは困る、と云うのである。
 結局、第11回で、英一郎が家を出る前に見積りの仕方をノートに書いて残し、しかし竹次郎は覚えられないし真利子に教えられても覚える気もないので、真利子が竹次郎に同行して見積りをすることになっている。
 TVドラマではこの場面の後半、如何に竹次郎始め一家が、仕事の面でも英一郎を頼りにしているかを示す場面が省略されている。『シナリオ』101頁上段19行め*1~102頁上段15行め、

英一郎「――。おかわり。」
  真利子、飯をよそう。
英一郎「だって、それはさ、うるしの、輸出の仕事/【101上】 がうまく行ったら、ペンキ屋やめちゃうんだから/ いいんじゃないの?」
真利子「あ、そうか。」
英一郎「どっちにしたって俺、うちじゃ勉強出来な/ いもの。」
菊  「でもねえ、竹次郎は何か言うよ、きっと、/ そうまでして勉強する必要はねえ とか何とか。」
真利子「いずれ、おりを見て、うまいこと切り出さ/ ないと……。」
  突然、菊が顔を上げて、
菊  「シッ。」
  一同、玄関を見た瞬間、竹次郎が息セキ切って/  入って来る。
  突然知らん顔になって飯を食う英一郎。
真利子「どうしたの?」
竹次郎「おうおう、俺の行く所、どこだっけ。」
真利子「やだ、自分の行き先が判んなくなっちゃっ/ たのかい?」
竹次郎「うるせえ、綾瀬*2の駅の手前を左へ曲がると/ こまでは判ってら。そいで、その先だァ。」
英一郎「書きつけ持ってるんだろ? 俺が昨日見積/【101】 りに行って、ちゃんと……。」
竹次郎「書きつけは持ってるけどよ。」
  と、丼の中から紙片を出して畳に置くとバンバ/  ンと叩きながら、*3
竹次郎「カナ振っとけってんだ、この野郎、人の読/ めねえような字ィ書きやがって
英一郎「貸しなよ。」
  と、紙片を取って声を出しながら仮名をふる。
英一郎「スナハラマチ、コウバンのトナリ。ウメミヤ/ セイサクジョ。」
竹次郎「ああ、ウメミヤセイサクジョな。判った、判/ った。(と、紙片を再び丼に入れて飛び出す。)」
真利子「アレだものねえ……。」
英一郎「ま、何とか、そのうち……。御馳走さん。(溜/ 息をついて茶碗を置く。)」


 砂原町は住居表示が導入されるまでの町名で足立区に隣接する葛飾区、現在の西亀有の一部。砂原保育園や砂原第一(~第三)公園などに、その名を止めている。
 英一郎としてはきちんとした会社組織の下、漆職人になって安定した収入が得られる目途の付いた今が、前々から計画していた下宿の話を実現させる好機だと判断したのであろう。しかし、竹次郎は仕事の腕は悪くなくても、交渉事がまるで不得手で損ばかりして、かつ金がないのにしばしば酒浸りになったりして家長としての責任を碌々果たせていない癖に、家族を自らの支配下に置こうと云う意識ばかりは強いから、この話を切り出すのはなかなか難儀なことになるのである。
 そして、英一郎の別居は、かなり悪いタイミングで実現することになってしまうのである。(以下続稿)

*1:実は「以下なし」とメモした附箋が外れかけていて、正確にこの行から「以下なし」なのか、自信がない。――話を切り出すタイミングが大事だと云う発言はあったような気もするのだけれども、今、確認出来ない。

*2:ルビ「あや せ 」。

*3:ルビ「どんぶり/たた」。