瑣事加減

2019年1月27日ダイアリーから移行。過去記事に文字化けがあります(徐々に修正中)。

日本の民話1『信濃の民話』(13)

信濃叢書『信濃昔話集』(3)
 昨日再説した【41】まま子と苺の実〔下伊那郡〕については、2016年2月1日付「大島廣志『民話――伝承の現実』(1)」以来度々触れている大島廣志の論文集『民話――伝承の現実』の1章め、9~89頁に「伝承の近代」として小泉八雲やグリムから口承化した昔話について論じた論文6篇が纏めてあるが、その6篇め、78~89頁「外来昔話としての「継子の苺拾い」」に、この話の日本に於ける受容と伝播について、ある程度の見取り図を示してあったことを思い出した。この論文は、244~245頁「初 出 一 覧」に拠ると244頁9行め「『伝承文学研究の方法』  二〇〇五・三」に発表されている。

 まづ、埼玉県の未刊原稿(1936)の全文が引用される。次いで山梨県(1936)長野県(1939)岡山県(1969)福井県(1972)島根県(1974)徳島県(1977)の「記録例」の梗概が列挙されるのだが、まづ82頁9行め「これまでに日本で記録された「継子の苺拾い」はどのような昔話なのか」として『日本昔話大成』の「昔話の型」を引用し、16行め「このモチーフにそって、各地の記録例を要約して示」しているのだけれども、ここでは元版の關敬吾『日本昔話集成』第三部の2(昭和三十三年六月二十日 初版印刷・昭和三十三年六月三十日 初版發行・定價千百圓・角川書店・四〇九~九二〇頁+索引12頁・A5判上製本)八二三~九〇七頁「昔話の型」から引用して置こう*1。八六〇頁上段16行め~八六九頁上段10行め「一一 葛 藤」二三八二八五まで48話型を列挙するが、さらに「A 親と子」二三八二五四、「B 兄(姉)と弟(妹)」二五五二六五、「C 隣 人」二六六二八五に分割されている。Aは継子苛め、Cは隣の爺(或いは妻の婆)が真似をして失敗するパターンの話である。この話は八六二頁上段14~18行め、

 二四六 繼子の苺拾ひ二一三〕 1、繼母が冬に繼子を苺/をとりにやる。 2、(a)白髪の爺が苺をくれる、または/(b)そのあとをついて行くと苺がある。 3、母と子が/山にとりに行つて凍死する、または(b)苺を食つたため/に死ぬ。 4、繼子は後に幸福な結婚をする。

と見えている。〔 〕内の半角漢数字の番号については九〇七頁18行め「註〔  〕の中は本文の番號・アルファベットは變化を示す。」とあって『日本昔話集成』の本文での分類番号、所謂「集成番号」である。関氏は「集成番号」を整理し直してこの「昔話の型」にて新たな番号を振り直したのだが、こちらの番号は定着しなかった。
 ところで「苺拾い」とは苺に対しては妙なので「苺摘み」もしくは「苺取り」とした方が良いと思うのだが、これは「二四五 繼子の栗拾ひ二一二〕」と並べたため、引き摺られてしまったのであろう。
 ここで長野県の記録例の、大島氏の要約を見て置こう。83頁14~17行め、

五、長野(9)。継母は実子のお花が赤い苺が食べたいというので、継子のお千代をとりに行かせる。お千代が雪の中/ に倒れていると、白髪の老人が現れて、苺のあるところへ連れて行ってくれる。お千代は苺を持ち帰る。継母/ は再びお千代に苺をとってこいという。老人はお千代を紫の苺のあるところへ連れて行く。お千代が紫の苺を/ 持ち帰ると、継母とお花はそれを食べて死ぬ。


「昔話の型」のモチーフ、1→2b→3b(→4)と展開しているらしいことが分かるが、「注」を見るにこれは、89頁15行め「(9) 牧内武司『信濃昔話集』山村書院 一九三九」なのである。
 ところで、長野県に於けるこの話の早い時期の「記録例」は以下の3つで、恐らく同根だろうと思われる。これより新しいものもこれらの書き換えであろう。
①(1934)伊那民俗研究會 編伊那民俗叢書 第二輯 昔ばなし』「九〇 繼子と苺の實」
②(1939)牧内武司信濃昔話集』六、爐 邊 譚」13「赤い苺と黒い苺」
③(1957)「信濃の民話」編集委員会日本の民話1 信濃の民話』【41】「まま子と苺の実」
 ③本書には10月20日付(08)に示したように「採 集  下伊那郡龍江村天龍峡  牧内武司」とあるから、②か、牧野氏から直接資料を提供されたかしたのであろう。②は①から採ったのか、元々牧野氏が「採集」した資料を①に提供したか、2通りの可能性が考えられるが今となっては決定出来ない。
 それはともかく、①『昔ばなし』は、日本で最も早い報告になるはずなのだが、何故か大島氏はこれを採用していない。しかし10月23日付(11)に見た『日本昔話通観●第12巻山梨・長野』に、339頁下段~341頁上段9行め「156 継子のいちご取り/(原題・継子と苺の実)長野県伊那地方  *2」として見えており、引用された本文の末尾(340頁下段1~2行め)には「(岩崎昔 p.136 牧内信濃 p.154)」とあったから①『昔ばなし』に掲載されていることは、分かっていたはずである。それとも昨日推測したような事情があって、敢えて牧内武司『信濃昔話集』を挙げたのであろうか。いや、これは穿ち過ぎで、単に『日本昔話集成』=『日本昔話大成』から漏れていたため、見落としたのであろうか。
 それはともかく『日本昔話通観』の本文は『昔ばなし』を現代仮名遣いに直し、台詞を「 」で括り、段落とルビを減らしたものとなっている。そして、このように表示されていると牧内武司『信濃昔話集』も10月23日付(11)に推測したような按配で、ほぼ同文なのだろうと思う。
 しかしながら、そうではない。――大島氏は先に引いた梗概で「紫の苺」としていたが、②『信濃昔話集』は題が「赤い苺と黒い苺」となっていることからも察せられるように、お花は「黒い苺」を欲しがって継母ともども「眞黒な苺の實」を食べて死ぬのである。おや、と思って②に拠っているはずの③本書を見るに、こちらは「紫の苺」である。狐に摘ままれたような気分で改めて①『昔ばなし』=『日本昔話通観』を見ると、これは「紫の苺」なのである。
 すなわち、③本書は②に拠っているかのように表示しながら実は①に近く、そして②は、①をかなり書き換えているらしいのである。(以下続稿)

*1:11月4日追記小澤俊夫に拠る訂正・補足の書入れと、小澤氏の解説的文章を附加して、關敬吾 著小澤俊夫 補訂『日本昔話の型 付 モティーフ・話型・分類(2013年5月20日 初版発行・定価1000円・小澤昔ばなし研究所・133頁・A5判並製本)として刊行されている。8~92頁「昔話の型」。

*2:原題と地域は下寄せ。