瑣事加減

2019年1月27日ダイアリーから移行。過去記事に文字化けがあります(徐々に修正中)。

中島正文 著/廣瀬誠 編『北アルプスの史的研究』(11)

・古俳書『加賀染』附『鵜坂集』
 私はまだ『中島文庫目録』を見ないけれども、富山県立図書館の「中島文庫」には『杏文庫山岳古史料蔵目』に載る山岳関係史料だけでなく、相当量の古俳書が収蔵されていて、富山県立図書館HPの古絵図・貴重書ギャラリーにて閲覧することが出来る。請求記号が「N」で始まっているのが中島文庫本らしい。全体のどのくらいがネット公開になっているのかは分からないが【中島文庫古俳書】には全356件が全冊カラー画像で閲覧出来るようになっている(ようだ)。書目を通覧したが*1かなり充実した、本格的なコレクションである。『鵜坂集』上下2冊は上が版本で下が写本、その下の巻末識語に、

鵜坂集下巻ハ世ニ存セザルモノト思ヒキヤ/名古屋ノ伊藤為之助氏一本ヲ所持ノ報ヲ得/續イテ洛ノ潁原退蔵氏ヨリスキ写シ本ノ借/覧ヲ得タリ
依ツテ歓天喜地 春灯ヲ掻キテ筆ヲ起シ/昭和十年四月十日写了シ畢ヌ.
             杏子記

とあって、名古屋の藤園堂伊藤為之助所蔵の下巻版本(現在、愛知県立大学図書館蔵)の透写本を京都帝国大学文学部助教授潁原退蔵(1894.2.1~1948.8.30)から借覧している。2016年6月1日付「中学時代のノート(01)」に述べたように横山重『書物捜索』の索引を作りかけていたので、共に私には懐かしい名前である。
 中島氏の俳句・古俳書関係の著述は「中島杏子」名義で少なからず存するが、山岳関係の著述と違って残念ながら1冊に纏められていないようだ。特に古俳書関係の見識は、雑誌漁りをするのでなければ本書所収「山と古俳句」から、僅かに窺う他はない。
 518頁5~13行め、

 さて、頃日余の藏架の諸書が災禍に遭遇したので其整理やら補修やらを試みて居た處二三古俳書から不圖俳人/の登山者を見付け出し興味を感じ更に調べて見ると幾つもの登山俳句を得た。二三紹介して見やう。
 元和元年十二月、加賀宮腰(金石)の俳人久津見一平の選した加賀染二冊と云ふ俳書の中に金澤俳人の白山登/山句がある。
   白山宿場にて
  す け も か な か の 碧 巌 の 一 夜 酒     梅習
 室堂で一杯の甘酒を引つかけ隨喜の喉を鳴らした有樣が目に見えて面白い。
  白 山 や 雪 の 市 良 駿 河 の 次 郎       幽之
 北國の白山は雪では富士よりも兄分で一郎だと云つたのが味噌である。


 1月1日付(08)以来触れて来たように、中島氏は昭和21年(1946)3月の津沢大火で類焼し、山岳古史料の「かなりの数の重要なもの」を失っている。しかし焼失を免れたものも少なからずあったようで、上に引いた『鵜坂集』の書写識語もそうだし、この「山と古俳句」に使用された本も、やはり類焼を免れたものと云うことになる。
 『加賀染』は元和元年(1615)ではなく天和元年(1681)十二月刊、富山県立図書館HPの古絵図・貴重書ギャラリー【中島文庫古俳書】には入っていないので、中島文庫にあるのかないのか、分からない。しかし『鵜坂集』上の版本が中島文庫にしかない、所謂孤本(下の版本は愛知県立大学図書館のみ)であるのと同様、この『加賀染』も稀書らしいのである。
 早稲田大学図書館には、横山重・雲英末雄旧蔵『加賀染』上(請求記号:文庫31_a0059)があって、その34丁表2行めに「一夜酒」の題があり、3行めに「白山宿場にて」の詞書、4行めに句と俳号が示される。5行めにもう1句、嘯風の句があってこの題には2句収められているのだが、それは割愛しよう。
 石川県立図書館HPの貴重資料ギャラリー「月明文庫」に、『加賀染』下(請求記号:月明文庫16)の写本が公開されている。24丁表から25丁裏6行めまで「雪」の題で27句が並ぶが、その第1句め(24丁表2行め)がこの幽之の句である。
 なお CiNii で検索すると、加賀染 2巻(存1巻)として京都大学文学研究科図書館国文(下巻潁原||Hg||661019445)の刊本の書写本がヒットする。扉に「天和元年開板/久津見一平撰」とあり、とあるから月明文庫本と同根の写本であろう。「注記」には続けて、

「久津見氏/一平子」の跋あり
巻末に「天和元年[1681]酉十二月吉日/金沢上堤町/麩屋五郎兵衛/板本」とあり
無辺無界8行
和装
扉に「本書ハ下巻ノミノ零本ト覚シ」との書入れあり

とある。潁原とあるから『鵜坂集』下と同様、潁原退蔵の所蔵していた透写本であろう。――そうすると中島氏だけが(恐らく版本の)上下揃いを所蔵していたことになりそうだ。こうした蒐集を可能にした中島氏の財力、或いは蒐集過程などについて知りたいところだけれども、それを明らかに出来たかも知れない「日記メモ」は「山岳図書」と違って「すっかり灰にしてしまった」らしいので、残念ながら、潁原氏との遣取りなど、知りたくとも明らかに出来ないのである。(以下続稿)

*1:ただ書名や成立・刊年などに間々誤記(もしくは誤入力)がある。