瑣事加減

2019年1月27日ダイアリーから移行。過去記事に文字化けがあります(徐々に修正中)。

赤堀又次郎伝記考証(12)

反町茂雄『一古書肆の思い出』3 古典籍の奔流横溢(1)
 書影や刊年、初出等については3月12日付「反町茂雄『一古書肆の思い出』(2)」に示した。以下単行本を①、平凡社ライブラリー(HL)版を②とし、前者の改行位置を「/」後者のそれを「|」で示す。前者は半角読点を使用しているが後者の読点は全て全角である。
 ①3~124頁「Ⅰ 敗戦・衰乱の巷に立って(昭和二十年八月から同二十一年)」②18~136頁「Ⅰ――敗戦・衰乱の巷に立って(昭和二十年八月から同二十一年)」の章、①79~98頁「4 古典復興祭と「天下無雙」の珍籍」②92頁6行め~112頁1行め「4――古典復興祭と「天下無雙」の珍籍」の節、11項のうち7~9項めが『一古書肆の思い出2』の「その年度の所」である。
 まづ7節め(①87頁12行め~90頁1行め②101頁3行め~103頁1行め)の前半、①88頁16行め②102頁4行めまでを抜いて置こう。冒頭の白木屋展は昭和21年(1946)11月4日(月)~9日(土)に日本橋白木屋で開催した「古典復興祭記念即売展」のこと。①88頁1~10行めの字数が少ないのは上に「文明六年本 節用集 外箱」の写真が掲出されているため。なお①は会話文の2行めから2字下げになっているが、②に合わせて詰めた。但し②は鉤括弧開きが半角になっているが、これは①に合わせて全角にした。

 戦災を免れた唯一の遺書  白木屋展終了の後、約一週間を経過した十一月十五日の昼前十|一時こ/ろ、小柄のやせた老婦人、銘仙ものらしい地味な服装のお人が、玄関を訪れました。私|の顔を見ると、/すぐに軽く会釈をして、「早稲田の赤堀でございます」と自己紹介される。と|たんにハッと想い出す、/弘文荘創業後間もなく、五、六年にもわたって、毎月又は二、三ヶ月|おきに、国語・国文学に関するい/ろいろの有用な稀覯書を分けて下さった、早稲田南町の赤堀|又次郎先生(本書第二巻一一五ページ以下、*1/【87】「弘文荘の善本鉱脈」の項参照)の奥さんに間違いな/い。
 「おお、随分お久し振りでございますね。早稲/ 田辺は全部、五月二十五日の大空襲で焼けた/|んでございましょう。只今はどちらにお住ま/いですか」
 「蒲田の親戚の世話になって居ります」
 まあどうぞお上がり下さい、と応接間に招じましたが、お上がりにならない。*2
 「簡単な用ですから、ここで」
といいつつ、持参の大きからぬ風呂敷包みから、箱入りの本を取り出されました。
 「これは主人が亡くなります前に、大事な書物だから、万一の場合には持ち出す様に、と申|し置き/ました本でございます。空襲の時に、他の本はみな焼きましたが、これだけは持って逃|【101】げました。/しかし、いつまでも私のような、何もわからぬものが抱いて居ましても、しょうが|ありませんの/で、いっそ貴方に買って頂こうと思って、ここに持参しました」*3
 受け取って見ますと、桐性の箱入りで、箱の上には毛筆の大字で「古写本雑字類書」と書い|てある。/【88】‥‥


 この項の後半は、箱から出して評価のために一覧しての印象、まずは摑み所がないと云ったところが述べてある。①89頁左上(23字×9行分)に「文明六年本 節用集 巻末」の写真。これらの写真は②には103頁上に2つ並べて、右の外箱の写真の下に「●上――文明六年本 節用集 外箱/●左――文明六年本 節用集 巻末」とのキャプションがある。外箱の写真は①より明るく、上下左右を少し切っている。
 そして8節め(①90頁2行め~92頁7行め②103頁2行め~105頁14行め)はこの本の素姓調べが結論の手前まで書いてあるが、その冒頭、赤堀未亡人が退場するまで、①90頁14行め②104頁4行めまでを抜いて置こう*4

 「天下無雙の朱印  調べて見ないと、見当|がつかない。が、しかし、奥さんは玄関に立っ|て、/評価を待って居られます。
 「如何ほどで頂いたらよいのでしょうか」
 「サァ、私にはサッパリ判りません。どうぞ、|あなたの御鑑定で」
 この老婦人は、おとなしい性格らしく、かな|り強い気性の御主人赤堀さんのおっしゃる事に、|いつ/も「ハイ、ハイ」とだけ、無表情に答えて、|処理して居られた事は、記憶に残っています。
 「二千五百円で如何でしょうか」
 「ハイ、結構でございます」
 「雑字類書」には、実は余り多くの期待をか|けていません。しかし、書写年代の古い事と、|厚くて/かなり体裁の良い事と、モ一つは、赤堀|【103】さんが歿前に「大事な書物だから」といわれたというお話を/頼りに、咄嗟の判断で、中位の|評価をしたのでした。無表情のままに肯われました*5。世状が不安定で、/小切手を余り使用しない|時代で、新円を常に用意していましたから、取り出してお渡しする。軽く礼/を述べて帰られま|した。


 続く9項め「万人未見の文明本節用集』」にて、その数日後に、この「雑字類書」が赤堀氏の『国語学書目解題』に紹介されていたものの、橋本進吉『節用集の研究』には「未見の諸本」となっている「故人の赤堀翁以外、誰一人見た事もない極稀書、天下一品」だということを突き止めるのだが、そう云った辺りは後で改めて検討することとしたい。(以下続稿)

*1:ルビ「き こう」。②は「第二巻一二一ページ」。

*2:ルビ「しよう」。

*3:ルビ「な //だ /」。

*4:②は見出しの鉤括弧も太字。

*5:ルビ「とつさ ・ちゆうくらい|うべな」。