瑣事加減

2019年1月27日ダイアリーから移行。過去記事に文字化けがあります(徐々に修正中)。

山本禾太郎「東太郎の日記」(36)

 山本禾太郎「東太郎の日記」については、2015年10月から12月に掛けて、初出誌の本文を紹介し、若干の考証を試み、更に浪花節についての調査も進める予定だったのですが、どうも当時は、今よりも働いていなかったのに強い倦怠感に襲われていて、職場も長続きせず都下に勤め口を見付けて、国立劇場の図書閲覧室や国立国会図書館からはいよいよ足が遠退いているうちにコロナが流行しだして、都内には全くと云って良いくらい出掛けなくなってしまいました。その後、そのコロナの時期に私の体調不良の主原因だった鼻詰りが鼻中隔彎曲症に起因することが分かり、コロナの最中に手術を受けて以後幸いなことに鼻詰りとノボセに苦しむことはなくなりました。それはそうと、そうこうしている間に気が付けば、国立劇場の図書閲覧室は建替えのため今月27日を最後に当面の間閉室になるとのことで、しかし国立国会図書館の方は今や国立国会図書館デジタルコレクションである程度見通しが立てられるくらい資料が閲覧出来るようになって、いよいよ出掛けようと気にならぬ訳です。もちろん国立国会図書館デジタルコレクションの全文検索で記述があることが分かっても「国立国会図書館限定公開」で閲覧出来ないでいる資料も多々ありますから、いづれ何日か纏めて、年に何度か出かけるべきなのだけれども、8年前の40代に既に億劫だったのですから50代の私にはいよいよ億劫です。
 と云う訳で、その後何もせず、きちんと読もうと思っていた梅中軒鶯童『浪曲旅芸人』もその後借りる機会がないままで、我ながらその怠惰に呆れ返るばかりなのであります。
www2.nhk.or.jp
 テレビドラマには山本桃村は登場しておりましょうか。国立国会図書館デジタルコレクションには第1回の脚本のみ収録されております(国立国会図書館限定公開)。
 それはともかく、2015年12月12日付(34)に示したように、山本禾太郎が浪曲界から足を洗ったのは大正6年(1917)5月頃と云う見当なのですけれども、その後どうしていたかについて、また例によって国立国会図書館デジタルコレクションによって資料が得られたので、報告して置きたいと思ったのです。いえ、全文検索機能に気付いた頃に早速見付けていたのですが、延び延びになって、今ようやく思い立った次第です。(以下続稿)
追記】研究サイト「東京漫才のすべて「上方漫才のすべて(仮)」の管理人「喜利彦山人」の、漫才以外の芸能や文学に関するサイト「ハナシの種*1「浪曲を彩った人々」として多数の浪曲師の伝が立てられています。私が当記事を書いていた2015年当時このサイトがあったら大いに参考にしたと思うのですが、その2022.07.19(2022.08.17最終更新)「京山小圓の番頭・京山円遊」に「その辺りの事情は、「瑣事加減」の「山本禾太郎「東太郎の日記」」に詳しい。」と、当ブログを参考にしたことが書かれております。「東京漫才のすべて」と「上方漫才のすべて(仮)」は以前からちらちら覗いていたのですが「ハナシの種」と「京山小圓の番頭・京山円遊」なる記事の存在には、10月8日にようやく気が付きました。――数え年をきちんと処理出来ていないことなど年齢の計算に難があること、それから国立国会図書館デジタルコレクションが全文検索出来るようになってしまったために、活動時期など大幅に改訂する必要のある記事、若干の訂正を要する記事が多々ありますが、それは管理人にお任せして、今後必要のある箇所について参照し、訂正の必要があればその都度指摘することとしましょう。

*1:何故かこちらでは管理人名が「yogititei_shujin」となっている。