瑣事加減

2019年1月27日ダイアリーから移行。過去記事に文字化けがあります(徐々に修正中)。

東京RADIO CLUB「東京ミステリー」(3)

 5月29日付(2)の続きで、TBSラジオ東京RADIO CLUB 編『東京ミステリーとっておきの怖い話』二見WAi WAi文庫)について。
 6~10頁(頁付なし)「目  次」。末尾、10頁12行め中央やや下に「本文イラスト……日野浦 剛」とある。
 11頁(頁付なし)は「第一章 理不尽にも開かれた冥界への扉」の扉で、「目次」6頁2行めはやや大きい明朝体であったが、この扉では上3文字は明朝体で、章題は隷書体
 12頁から本文、各話の見出しは明朝体太字でやや大きく1字下げ2行取り、投稿者のイニシャルと年齢をゴシック体で小さく下に添える。さらに1行分空けて本文。頁の頭から始まっている場合、右に余白はないが、頁の途中に見出しがある場合、右にも1行分空白がある(従って4行取りの恰好になる)。1頁16行、1行40字。
 話に通し番号が打たれていないが、仮に【01】と番号を附した。
【01】私の方を叩くのは誰?―――S・Mさん(十五歳) 12~15頁9行め
 「ある夏の夜」に「中学のおなじクラスの仲良し四人」が「Y子の家に集まっ」て「夜遅く」なったとき、誰かが「ねぇ、肩叩きゲームしようよ」と提案する。12頁10行め~13ページ4行め、

「肩叩きゲーム」というのは、他愛のない遊びでした。まず、電気を消し、部屋のなかを/真っ暗にして、部屋の四つの角に四人がひとりずつ立ちます。そして一番の人がつぎの角/まで手探りで歩いていき、つぎの角の人の肩を「ポンポン」と叩くのです。するとその人/はつぎの角まで歩いていって、そこにいる人の肩をまた叩きます。こうしていくと、最後/に肩を叩かれた人は、一番めの人がいた角へ行くわけですから、そこには誰もいません。【12】そこからもう一度、その人が一番の人になって、おなじようにまわります。
 こんな単純なゲームですが、真っ暗ななかで、いつ「ポンポン」とくるかわからないの/が妙にドキドキして、おもしろさと怖さが混ざったようなへんな楽しさがあったのです。
 その日はたまたまジャンケンで負けて、私が最後の人になってしまいました。


 ところが投稿者が「誰もいない闇に向かって、「ポンポン」と肩を叩く真似をし」たところ【13】、「誰かの肩に、たしかに触った感じが」する。そこでY子が私を吃驚させようとの「いたずら」で、こっそり戻っていたのかと思って声を上げると「誰かが電気をつけてくれた」が、もちろん4人以外に誰もいない。そこで「初めからやり直」すことになっても「さっきの」ことが気になって「ぼんやりしていると、突然、「ポンポン」と肩を叩かれ」る。ここが題になっているわけだが、ぼんやりしていたせいで「あまりに急だったので、跳び上がるほど驚」いただけのことで、これは怪異でもなんでもない。
 そして「つぎの角に歩いてい」くと「真っ暗なはずの闇のなかに、髪の長い女の人の人のうしろ姿が見え」たので「二、三歩」手前で「恐怖のあまり立ちすくんでしまった私のほうを、その人はゆっくり振り向」いたのだが【14】「その顔は……半分焼けただれ」ている。そして「その女の人は、すーっとY子のいる角のほうに歩いてい」った、その「足音が止まった瞬間、」「キャー !! 」と「すさまじいY子の悲鳴があが」る。「Y子は最初の角で」気絶しており、その「肩には……強くつかまれたような人の指跡がくっきりと残っていた」。
 降霊術のような按配で、悪霊が出現したらしいのだが、その正体は不明である。同様の話としては、――吹雪に遭った4人の登山隊が深夜にようやく辿り着いた、真っ暗な山小屋(避難小屋)で、眠らないために同様のことを行い、無事に朝を迎えることが出来たのだが、よくよく考えてみるとこれは4人では成立しないので、誰かもう1人いたはずだと気付き、ぞっとする(聞き手をぞっとさせる)と云うパターンが多いようだ。私は、現役の学生の頃この手の話を聞かなかった。類話について(民俗学者にも注目されている話なので)別に私が書き足すこともないであろう。
【02】おねえちゃんは指を切らないの?―――K・Mさん(十七歳) 15頁10行め~18頁14行め
 冒頭「ある冬の夜」に投稿者が「熱いコーヒーを飲みながら、怖い怪談噺を自分の部屋で読んでい」たとき【15】、「ついさっきまで温かかったマグカップが、まるで氷のように冷たくなってい」た、と云う、思わせぶりの前振りがあるが、以下の怪異に関係あるのかどうか、話に集中し過ぎて知らぬ間に時間が経っていたのかも知れない。いや、1行分空けて本題に入るところ、16頁3行め「その日の夜中」に投稿者が「トイレに行きたくなって目が覚め」た、と云う辺りにコーヒーの利尿作用が、しかも冷たくなっていたことで余計に効いてきたのかもしれない。16頁4~9行め、

 すると、どこからか、
「おねえちゃん……、おねえちゃん……」
 という声が聞こえてくるのです。
 私はひとりっ子で、家のなかに私を「おねえちゃん」と呼ぶ子供はいません。近所の子/供の声だって、こんな家のなかまで聞こえてくるはずがありません。それに、もう真夜中/……。こんな時間に、いったいどうして……。


 このため「トイレに行くのを我慢して、もう一度ベッドにもぐりこ」むのだが、そのとき「部屋のドアが」開いて、「小さな女の子」が【16】「右手に果物ナイフをもって」現れ、「ベッドの足もとに立」って「左手の全部の指を」順に「床の上に」「切り落と」し、「私」にも「薄笑いを浮かべながら」見出しのように呼び掛ける【17】。もう少し段取りがあるのだが、最後は「指のない手を伸ばしてき」た女の子に、金縛りのようになって全身が動かない中「全神経を喉に集めて、絞り出すように」して「あんた……誰なの……」と問い掛けたところ「女の子の姿はかき消すようにいなくなって、私の身体はふっと、もとの状態に戻」る。1行分空けて、結末、18頁9~14行め、傍点「ヽ」が打たれている文字は仮に太字にして示した。

 翌日、私は学校を休み、近くのお寺に行っておはらいをしてもらいました。おはらいを/してくれた人の話によると、あの女の子は、工場の機械で誤って指を切り落とし、自殺し/てしまった女の人の霊だ、ということでした。
 どうして、あの女の子が私の前に現われたのかわかりません。
 ただ、私の部屋の床には、あの日以来、おびただしい血がこびりついたようだえび茶色/の染みができて、いまも消えません。


 「お寺」なのだから「おはらいをしてくれた人」は僧侶だろうと思うのだが、お坊さんと呼ばないのは何か理由があるのだろうか。それにしても、話を聞いてその場で考えたような説明で、この「女の人」はどこの人なのか、投稿者に思い当る節はないとして、よく調べてみたら、実は近所の人だったとか、遠い親戚だったとか、何か接点があったのかなかったのか、そういう説明もないのだけれども、どうせどこをどう聞いてもこんな人がいたとか云う話が出て来るはずもないのである*1
 消せない染みは怪談によくある証拠物品で、学校の怪談にもよく出る。学校の怪談には内容が荒唐無稽なものが多いので、こういうオチを付けることでそれらしく仕立てようとするのかも知れないが、私にはより馬鹿馬鹿しく、むしろ人の形をした染みから発想して、殺された作業員が埋められていて、云々の怪談が出来たのだろう、くらいにしか思えなかった。この場合は体験者本人の申告だから、まぁ、そうなんでしょうな、としか言えませんが。(以下続稿)

*1:だから、自殺したのは大人らしいが、それが「子供」の姿で現れたのは何故か、などと云う疑問は表明せずとも良いであろう。

阿部主計『妖怪学入門』(3)

 2018年4月8日付(1)に挙げた諸版のうち、今手許に⑤平成4年(1992)雄山閣ブックス19と⑦平成16年(2004)新装版、⑧平成28年(2016)雄山閣アーカイブス 歴史篇の3冊がある。今回は口絵(20頁、頁付なし)について見て置こう。
 ⑤と⑦はアート紙、⑧は本文共紙で、キャプションは同文だかそれぞれ組み直されている。錦絵、掛幅、絵巻、版本挿絵が多く、本文中の図版も同様であるが、これは実は無断転載であったらしい。
 ⑤200頁⑥185頁⑦167~168頁「あとがき」に6項あるうちの4項め(8~11行め、改行位置⑤/⑥|⑦\で示す、⑥⑦は9~11行め1字下げ)、

一、本書の図版は尾崎久弥氏の諸著から孫引きしたものが多い。初版の発行と同時に、同氏からお怒りもな\く御/好意に|満ちた御教示をいただいた。林美一氏その他からの懇切な御叱正と併せて、幸いに再版に当り、*1\不充分な/がらつとめ|て誤りを正し、改めて先達諸氏への感謝に堪えず、同時に著者として初版本を破棄し\尽したいほどの/心境にあること|を付記します。


 また、その直前の3項め(6~7行め)に、

一、先覚江馬務氏に「日本妖怪変化史」*2という名著がある。氏の名声に恥じぬ労作であり特に上代から中世\まで/の例話|を、より多く求められる読者は、ぜひ同書を併せ備えられることをおすすめする。

とある『日本妖怪變化史』から取った図版もあるようだ。
 詳細は依拠文献ごとに確認して行くこととしたいが、今回注意して置きたいのは口絵の17頁(頁付なし)である。鉄瓶の掛かった自在鍵の向こうに描かれるのは、次のような人物である。

 旅人はまだ二十四五ぐらゐの若い男で、色の少し蒼ざめた、頬の瘦せて尖つた、し/かも圓い眼は愛嬌に富んでゐる優しげな人物であつた。頭には鍔の広い薄茶の中折帽/をかぶつて、詰襟ではあるが左のみ見苦くない縞の洋服を着て、短いズボンに脚絆草/鞋という身輕のいでたちで、肩には學校生徒のやうな茶色の雜囊をかけてゐた。見た/ところ、御料林を見分に來た縣廳のお役人か、惡くいえば地方行商の藥賣か、先づ/そんなところであらうと‥‥*3


 すなわち『近代異妖篇(綺堂讀物集乃三)』(大正十五年十月廿二日印刷・大正十五年十月廿五日發行・定價金貳圓・春陽堂・三四六頁)所収「木曾の旅人」の、旅人の風体の描写(一七六頁7~12行め)であるが、この絵では帽子は取って雑囊も下ろしており、6行め「生木のいぶる焚火*4」に向いて胡坐を掻いている。
 そして背後、囲炉裏から流れる煙の向うに、男よりも若干大きい女性の影が映る。――囲炉裏の火に照らされた若い男の影が背後の壁に映るのが、何故か男ではなく女性のように見える、と云う描き方のようである。
 落款は右上隅に「紫雲」とあり、これはネットで画像検索してヒットする近藤紫雲で間違いない。 「浮世絵・版画・美術書の専門店 山田書店美術部オンラインストア」の「近藤紫雲」項には、

<生没年不詳>
井川洗厓や、池田蕉園と同時代に活躍した日本画家。/主に挿絵の分野で活躍しました。

とある。昭和に入ってから「講談社の繪本」の何冊かを手掛けている。
 キャプションは下に横組みで⑤「木 曽 の 旅 人岡本綺堂作小説)」⑥「木曾の旅人 岡本綺堂作小説)」⑦「「木曾の旅人岡本綺堂作小説)」と題して、

殺された女の霊が犯人の背後についているのが、犬や子/供にだけ感じられ|\るという場面*5

と説明している。

  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *

 昨日、6月4日付「「木曾の旅人」と「蓮華温泉の怪話」拾遺(90)」に、この絵が「木曾の旅人」初出時の挿絵の可能性があるのではないか、との見当を示しました。近藤紫雲の活動時期から推して、初出とは関係しない可能性もあるのですが、とにかくこんな絵があることについて、私はなかなか近代の雑誌類を改める余裕がありませんので、先達諸氏には「木曾の旅人」の初出は「やまと新聞」と云うことで妥協(?)せずに、もう少し何とかしてもらいたいと思っているのです。阿部氏がどこからこの絵を引いたか、残念ながら分かりません。初出に絡まないとしても素性は知りたいし、初期の絵画化作品として再び紹介するだけの価値はあろうかと思うのです。(以下続稿)

*1:⑦のこの行の読点2つは半角。

*2:⑥⑦は署名は二重鍵括弧。

*3:ルビ「たびゝと・わか・をとこ・いろ・すこ・あを・ほゝ・や・とが/まる・め・あいけう・と・やさ・じんぶつ・あたま・つば・ひろ・うすちや・なかをればう/つめえり・さ・みぐるし・しま・やうふく・みじか・きやはんわら/ぢ・みがる・かた・がくかうせいと・ちやいろ・ざつのう・み/ごれうりん・けんぶん・き・けんちやう・やくにん・わる・ちはうぎやうしやう・くすりうり・ま」。

*4:ルビ「なまき・たきび」。

*5:⑥⑦には末尾に句点あり。