瑣事加減

2019年1月27日ダイアリーから移行。過去記事に文字化けがあります(徐々に修正中)。

川端康成『朝雲』(2)

 昨日上げた下書きには、1行空けて以下の追加があります。これが2017年11月に加筆した分かも知れません。

 戦前の高等女学校の教師で、戦中に若くして死んだ文学者に、渡辺直己新美南吉中島敦がいる。
 祖母が日本橋出身と云う生徒に、私立女子高に孫が通っているくらいだから当然高等女学校に通っていただろうと思って「お祖母さんはSとか知ってるんじゃない?」と訊ねると、わざわざ祖母に確かめてくれて、次週の授業でひとしきりそんな戦前の女学校文化について盛り上がったこともあった。


 さて、私がこの短篇小説を知ったのは、2011年1月1日付「森鴎外『雁』の年齢など(1)」や2014-10-10日付「岡本かの子『老妓抄』の文庫本(4)」に取り上げたフジテレビの深夜番組「文學ト云フ事」を見たからでした。尤も、リアルタイムで見たと思うのですが、今や当時のことは全く記憶に残っていません。けれども、当時大学生だった私が大変に影響を受けたのは確かで、高校時代以来小説らしきものを書いていたのですけれども、まぁ人を喰ったような小説で、恋愛小説なんて恥ずかしくて(正確に云うと、体験もないしこういうものを読んでもいなかったので)書けなかったのですが、この番組を見て何だか面白みを感じるようになって、恋愛体験もないのに恋愛小説を書いてみたのです。しかしぼんやりした恋愛小説で、まぁ人を喰った小説が、人を喰った恋愛小説になっただけのことだったのでした。
 その後、もう10年くらい前になりましょうか、某巨大動画サイトで視聴して、リアルタイムで見たときには、それで読んだような気分になって何ともしなかったのですが、30代の私はそんな小説も読んでみようと、初めてそんな気分にもなったのです。
 今日は、午前と午後に用事があって、間に2時間ばかり余裕があったので、その地方都市の郷土資料館と図書館で時間を潰しました。そこで、川端康成全集』第七卷(平成十一年十月二十日發行・新潮社・602頁)を閲覧して、209~231頁「朝  雲」に関して、585~602頁「解 題」の記述をメモしてみました。(以下続稿)