瑣事加減

2019年1月27日ダイアリーから移行。過去記事に文字化けがあります(徐々に修正中)。

「木曾の旅人」と「蓮華温泉の怪話」拾遺(099)

・青木純二『山の傳説』(2)
 前置きが長くなったが、「晩秋の山の宿」の本文を全文引用する。
 なお、従来、本文の引用・比較に当たっては、2018年8月7日付(026)にように分割して検討して来た。しかしながら「晩秋の山の宿」の本文は「深夜の客」とほぼ同文、すなわち昭和3年(1928)7月の雑誌懸賞入選作「深夜の客」を2年後の昭和5年(1930)7月に自身の単行本に「晩秋の山の宿」と改題して収録したもので、この際、切り分けずに全文を纏めて示したいと思ったのだが、ルビを省略せず、註にして添える当ブログの形式ではなかなか長文を上げるのが厄介なのである。そこで止むを得ず、比較の便宜のため2~3頁ずつ、上記の分割案に従い、各部分末に薄い灰色で【A】・・・・と添えつつ、紹介して行くこととした。「サンデー毎日」の原文をまだ見ていないので「深夜の客」の本文は『山怪実話大全』に拠り、異同についてはどちらかにしかない語句を赤の太字で、相当する語句はあるものの書き替えられている箇所を灰色太字にして、「晩秋の山の宿」の引用の後に当該箇所を示した。句読点の違いは取ったが表記の違い(及びルビ)は取らなかった。
 まづ100頁(「国立国会図書館デジタルコレクション」の青木純二 著『山の伝説. 日本アルプス篇』69コマめ)1行め、7字下げ2行取りでやや大きく「晩秋の山の宿 (白馬岳)」とあり、2行めから、

 白馬岳の山ふところに抱かれる蓮華温泉――*1
 温泉とはいへど茂る杉の林にかこまれて、たゞ一軒の宿があるばかりである。湯はこんこんと/して盡きない。山峡の大氣は澄んでゐる。しかし、不便なために浴客はすくない。*2【A】
 明治三十年の秋――山峡の秋は深んで浴客も山を下つた。そして、宿は冬ごもりの仕度に取か/かつてゐた。*3
 月光の美しい夜であつた。*4【B】
 宿の戸をほとほとと叩く音がする ゐろりに燃ゆる榾火で山鳥を燒いてゐた主人は*5
『どなたですか』と、聲をかけた。*6
『一寸あけて下さい。山道に迷つた者なんです。』*7
 男の聲だ。*8【100】
 戸を開けると、青白い月光を浴びて、そこには洋服を着、鳥打帽をかぶった紳士が立つて/ゐた。*9
『やあ、どうも有難う、すみませんが今晩泊めて下さいませんか。』*10
 男は微笑を浮べつゝ云つた。*11
『泊つておいでなさい。そのかはり何ももてなしは出來ませんよ。』*12
『いや、泊めてさへ頂けばいゝのです。』*13
 彼は室内に這入つて靴の紐をときはじめた。主人は不審な客と思つてたづねた。*14
『旦那は今頃、どうしてこんなところにいらしつたんだね。』*15
『いや、實、鐵砲を打ちに來たんです。ところが、谷に鐵砲を落してね。その上、道をまちが/へてしまつたんだよ。一時は、どうしようかと思つてゐた幸に、こゝの灯が見えたのでやつと/たどりついたんです。おかげで生命びろひをしました。』*16
『そりえらい目にあひましたね、旦那はどちらの方です。』*17【101】
『東京の者なんだ。今日、糸魚川口から登つたんだよ。』*18
 紳士は爐端ににじり寄つた。*19
山鳥をやいてゐるところです。よかつたら御飯をおあがりなさい。』*20
『そいつ御馳走だね。ぢやあ、頂きませう。』*21
『温泉に這入りませんか。』*22
『いや、御飯を先に頂きませう。なにしろお腹がぺこぺこなんだから。』*23【C】
 主人は食事の仕度に取かゝつた。彼はこの春に妻をうしなつて今では八つになる男の子と二人/きりで、この山の温泉を安住の地としてゐるのだつた。*24【D】

 「深夜の客」の本文は一部、取り上げて検討しただけで全文を引用していない。しかし殆ど同文で、単行本『山の傳説』に収録するに当たって若干手を入れたと云った程度である。よって、以下、異同箇所のみを挙げて、見て行くこととしよう。
 【A】導入〜場所の説明2018年9月11日付(52)に引いた。異同は冒頭、一九〇頁3行め「日本アルプスの秀峰」と冠していたのを(書名にもあることであり)省いたことである。
 【B】導入〜時期の説明2018年9月12日付(53)に次の部分を引いた。一九〇頁7~8行め、

 大正三年の秋――山峡の秋は深んで浴客も山を下った。そして、宿は長い雪の冬を迎えて冬ごもりをする準備に取かかった。


 この年の違いについて、その理由を少々(2018年8月15日付(34)の註)考えたこともあるが、追って改めて述べて見るつもりである。
 【C】男の来訪〜主人との会話の異同であるが、発言は「深夜の客」が普通の鉤括弧、『山の傳説』は二重鉤括弧で括られ、ともに括弧閉じの前に半角の句点を打っているが、最初の(主人の)台詞、一九一頁1行め「どなたですか」の句点のみ、落ちている*25。そして紳士の身形であるが、4~5行め「洋服を着、鳥打帽をかぶった紳士が立って/いた。」となっていた。なお8行め「何もおてなしは」は第三刷でもそのままになっているが、これは『山の傳説』の「何ももてなしは」の誤入力及び校正漏れであろうから拾わなかった。11行め「旦那は今頃」、12行め「いや、実、」、15行め「そりえらい目に」、18行め「これでよかったら御飯を」、一九二頁1行め「そいつ御馳走だね。」
 【D】主人の亡妻と八歳の子供では一九二頁4~5行め「彼はこの春に・・・・二/人きりで」が異なる。(以下続稿)

*1:ルビ「しろうまだけ・やま・いだ・れんげ をんせん」。

*2:ルビ「をんせん・しげ・すぎ・はやし・けん・やど・ゆ/つ・さんけふ・たいき・す・ふ べん・よくかく」。

*3:ルビ「めいぢ・ねん・あき・さんけふ・あき・ふか・よくかく・やま・くだ・やど・ふゆ・し たく・とり/」。

*4:ルビ「げつくわう・うつく・よる」。

*5:ルビ「やど・と・たゝ・おと・も・ほだび・やまどり・や・しゆじん」。

*6:ルビ「こゑ」。

*7:ルビ「ちよつと・くだ・やまみち・まよ・もの」。

*8:ルビ「をとこ・こゑ」。

*9:ルビ「と・あをじろ・げつくわう・あ・やうふく・き・とりうちぼう・しんし・た/」。

*10:ルビ「ありがた・こんばんと・くだ」。

*11:ルビ「をとこ・び せう・うか・い」。

*12:ルビ「とま・なに・でき」。

*13:ルビ「と・いたゞ」。

*14:ルビ「かれ・しつない・は い・くつ・ひも・しゆじん・ふ しん・きやく・おも」。

*15:ルビ「だんな・いまごろ」。

*16:ルビ「じつ・てつぱう・う・き・たに・てつぱう・おと・うへ・みち/じ・おも・さいはひ・ひ・み/いのち」。

*17:ルビ「め・だんな・かた」。

*18:ルビ「とうきやう・もの・け ふ・いとい がはぐち・のぼ」。」

*19:ルビ「しんし・ろ ばた・よ」。

*20:ルビ「やまどり・ご はん」。

*21:ルビ「ご ち そう・いたゞ」。

*22:ルビ「ゆ・は い」。

*23:ルビ「ご はん・さき・いたゞ・なか」。

*24:ルビ「しゆじん・しよくじ・し たく・とり・かれ・はる・つま・いま・をとこ・こ・ふたり/やま。をんせん・あんぢう・ち」。

*25:しかしこれも『山怪実話大全』収録に際して体裁を統一するために加えた可能性もあろう。近々「サンデー毎日」を確認する機会を得たいと思っている。