瑣事加減

2019年1月27日ダイアリーから移行。過去記事に文字化けがあります(徐々に修正中)。

白馬岳の雪女(43)

 昨日の続き。
・遠田勝『〈転生〉する物語』(23)「一」12節め②
 次に「一 白馬岳の雪女伝説」の最後の節、44頁9行め~47頁6行め「北安曇の「雪女郎」の正体」から、『信濃の伝説』の著者を紹介したところを見て置こう。45頁14行め~46頁6行め、

 著者の村沢武夫(一九〇一-一九九〇年)は、長野県飯田市北方の生まれ、尋常小学校卒業後、/飯田裁判所の給仕となり、のち書記にすすみ、勤務の傍ら、地誌の研究や、アララギ派歌人とし/【45】て歌作につとめ、地元の山村書店から、信濃の歌道史や伊那の歴史・芸能についての著作を多数、/出版している(23)
 村沢は、これら口碑伝承について「持って生まれた物好きから、信濃の国に伝わる口碑伝承と言/ったものの跡を探り、古書をあさり、古老識学の士の言に耳を傾けて、集めたもの(24)」といい、個々/の話の出典はもちろん、古書をもとにした取材なのか、聞き書きを中心にしているのかも、明らか/でない。


 村沢氏については、飯田市立図書館HP2017年6月26日付「村沢文庫とは」に、やや異なる視点からの紹介がある*1
 「注」は45頁7~8行め「雪女郎の正体」冒頭の引用に附された(22)から抜いて置こう。241頁13~15行め、

(22)村沢武夫『信濃の伝説』山村書院、一九四一年、一四五頁
(23)村沢武夫『信濃伝説集』一草舎、二〇〇八年、二八一~二八二頁。
(24)村沢武夫『信濃伝説集』一頁。


 信州飯田の山村書院については、山村正夫(1908~1943)の追悼録、山村正夫君を偲ぶ会 編『山村正夫君を偲ぶ』(昭和28年・甲陽書房)を見れば色々分かるのだろうけれども未見。村沢氏は「山村さんを偲ぶ」を寄せ、「後記」を書いている。山村書院は昭和8年(1933)から昭和18年(1943)まで信州、特に伊那の歴史・地理・民俗に関する本を多数出版している。
 一草舎版は2019年9月23日付「「木曾の旅人」と「蓮華温泉の怪話」拾遺(126)」に触れたことがある。すなわち、青木純二『山の伝説』とともに長野県図書館協会 編「信州の名著復刊シリーズ」全25巻の第1期(1~5巻)「信州の伝説と子どもたち」の1冊として、2008年10月に刊行されているのである。
 このシリーズは以後第5期(2010年2月刊行予定)まで5冊ずつ、番外編も随時刊行しながら1年4ヶ月で全25巻(及び番外編若干)を刊行する予定だったのが、結局第1期しか刊行されず、2010年6月には一草舎が解散してしまった。順調に刊行されておれば多くの本が廉価かつ読み易い形で提供されたはずだと思うと甚だ残念である。
 長野県図書館協会編だから長野県の図書館であれば何処でも所蔵していて利用資格があれば借りることも出来るのだが、東京の公立図書館には殆ど所蔵がない。『山の伝説』と『信濃伝説集』はヤフーオークションにかなり安値で出品されていたことがあって、入札しようとしたのだけれども、私はこれまでヤフーオークションで買物をしたことがなかったたため入札者認証制限に引っ掛かってしまい、認証を受けるための手続きも(私にとっては)面倒なので断念した。長野市には出来れば昨年のうちに『信州百物語』の諸本や版元の調査に出掛けるつもりだったのだが、こんなことになってしまって全く予定が立たぬままである。
 それはともかく、一草舎版の内容見本は「信濃伝説集 村澤武夫著 昭和18年 飯田市立中央図書館蔵」として、

太平洋戦争のまっ只中、著者はひたすら県内各地を歩き回り、古老か/ら昔話を拾い集めていた。そして紙の統制の厳しい中で、善光寺から/東信、南信と県内全域を舞台にした177編の初の県版伝説集を刊行/した。市井の民俗学者・村澤武夫の真骨頂である。おもしろい話、怖/い話、泣かせる話など、語り口が平易で読みごたえ充分。

と紹介する。――青木純二『アイヌの傳説と其情話』や『山の傳説 日本アルプス』或いは杉村顕『信州の口碑と傳説』の自序と同じようなことを村澤氏も自己申告しているのだが、やはり「伝説」と云うと、どうしても「古書をあさり」ではなく「古老識学の士の言に耳を傾けて」の方に注目してしまうらしい。しかし作業のウェイトはどう考えても「古書をあさり」の方にある。いや「古書」でもないだろう。
 それに、この紹介文は、何だかおかしい。「紙の統制」が「厳し」かったからこそ、却ってこのような本への割当てが増えて『信濃の傳説』『信濃の傳説續』さらに『信濃傳説集』と続刊されたのだし、「初の県版伝説集」と云うのは、藤澤衞彦『日本傳説叢書 信濃の卷』のような東京で刊行された伝説集ではなく、県内で版行された伝説集と云うことなのだろうけれども、大正14年(1925)には話数は59話と少ないものの*2上伊那郡伊那町(現、伊那市)で酒井松堂(龜彌)編輯『信濃の傳説』(大正十四年四月八日印刷・大正十四年四月十日發行・信濃研究會・口絵写真+2+4+107頁)が刊行されている。当ブログで取り上げた杉村顯『信州の傳説と口碑』は昭和8年(1933)に長野市信濃郷土誌刊行會から刊行されている。そして、当然これらの本も村沢氏の材料になったろうと思うのである。(以下続稿)

*1:裁判所の給仕と云うと、明治35年(1902)高等小学校を中退して金沢地方裁判所の給仕になった室生犀星(1889.8.1~1962.3.26)が想起される。

*2:「はしがき」1頁6行め「場所は違ふけれども、能く似た傳説がある。‥‥」8~9行め「‥‥。こう云ふ傳説は誠に澤山であ/るから其中の一つ二つを取つて、其他のものは省くことにした。‥‥」2頁4行め「 この本の原稿は三百頁分程もあつたが、以上の如き整理を行つて‥‥」5行め「‥‥、面白くない傳説を重複に掲げてないのは此本の特色とする處である。」とある。