瑣事加減

2019年1月27日ダイアリーから移行。過去記事に文字化けがあります(徐々に修正中)。

「木曾の旅人」と「蓮華温泉の怪話」拾遺(103)

・青木純二『山の傳説』(6)
 さて、昨日までの本書の「晩秋の山の宿(白馬岳)」本文を、昭和3年(1928)7月の「サンデー毎日」に懸賞入選作として掲載された白銀冴太郎「深夜の客」との異同を指摘しつつ引用して見た。殆ど同文であることが明らかになったであろう。
 そしてこの、少ないながらも存する異同に着目することで、従来「深夜の客」を書き替えたものと想定されていた杉村顕道「蓮華温泉の怪話」が、「深夜の客」と「晩秋の山の宿」のどちらに依拠したかも明らかになるであろう。
 まづ8月12日付(099)に引用した冒頭部、【A】の異同は書き出しの「日本アルプスの秀峰」の有無で、これは「晩秋の山の宿」に同じである。しかしこの程度では「晩秋の山の宿」に拠ったとすることは出来ない。決定的なのは【B】の「深夜の客」が「大正三年」としていたのが、「晩秋の山の宿」は「蓮華温泉の怪話」と同じく「明治三十年」となっていることである。この年の書き替えを、私は8月10日付(097)のように解釈して、東雅夫の白銀冴太郎=杉村顕道同一人物説に説得力を感じたのだが、この改変に杉村氏は無関係であった。【C】の食事を勧める場面の台詞の異同、

「深夜の客」~「山鳥をやいているところです。これでよかったら御飯をおあがりなさい。」一九一頁18行め
「晩秋の山の宿」~『山鳥をやいてゐるところです。よかつたら御飯をおあがりなさい。』102頁3行め
蓮華温泉の怪話」~「‥‥。今山鳥を焼いてたんですが、よかったら、こいつで御飯をいかがです。‥‥」二〇〇頁10行め

と、「晩秋の山の宿」を飛び越えて「深夜の客」と「蓮華温泉の怪話」が近似するのはこのくらいで、他の異同は「晩秋の山の宿」を引き継いだと思われる箇所が多い。8月15日付(102)に引いた結末部になると、2018年8月12日付(31)及び2018年8月13日付(32)に見たようにかなり書き替えられているので、細かい異同はいよいよ根拠たり得ないであろうが、1点だけ、主人が震え上がった子供の台詞、

「深夜の客」~「そしてね、あの人が出ていっただろう、その時にさ、おんぶしていた若い女が、背中からはな/れてあの人の後からふわふわと歩いてついて行ったよ。そして、家の戸口まで行った時、父ちゃんや、俺の顔を見て、タニタと笑ったんだよ。」一九七頁14~15行め
「晩秋の山の宿」~『そしてね、あの人が出て行つただらう、その時にさ、おんぶしてゐた若い女が、背中からはな/れてあの人の後からふわふわと歩いてついて行つたよ。そして、家の戸口まで行つた時、父ちやん、俺の顔を見て、タニタと笑つたんだよ。』110頁6~7行め
蓮華温泉の怪話」~「そしてね、あの人が出て行った時、その女の人フワフワ後から歩いて行ったよ。坊やの顔みて/ニタニタ笑うんだよ。」二〇四頁18行め~二〇五頁1行め

と「蓮華温泉の怪話」が大幅に刈り込んでいることが注意されるが、8月15日付(102)にも注意したように、血みどろの若い女の人が「ニタニタ笑」った相手が、「深夜の客」では「父ちゃんや、俺」だったのが、「晩秋の山の宿」では「父ちゃん、」は呼び掛けとなって「俺」のみが相手になっている。そして「蓮華温泉の怪話」も「坊や」だけであることが注目される。
 尤もこれとても、――主人には見えていないのだから、自分に気付いて怖れている子供に笑い掛ければ良いので「父ちゃん」を対象に含めなくても良さそうなものだ、と考えれば、自然な改訂と云うべきで、やはり決定的な根拠たり得ないだろうが、「明治三十年」と、後述するように『信州百物語』に他にも『山の傳説』から何話か採られているところから見て、「蓮華温泉の怪話」誕生に、従来考えられていた「サンデー毎日」の関与のなかったことは、ここに断言してしまって良いと思うのである。

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 ところで、8月10日付(097)に触れたように、8月7日、私は何の気なしに手にした『山の傳説』に「晩秋の山の宿」を見付けて、帰宅後ざっと検索して「マリモ博士の研究日記」そして5ch(2ch)「【歴史修正】アイヌ民族の伝説、実は大阪の男性の創作だった!本人の手書きメモから判明[08/22] [無断転載禁止]©2ch.net]」、そこから阿部敏夫「「大正期におけるアイヌ民話集」・「北海道の義経伝説とアイヌ」」、国会図書館デジタルコレクション『アイヌの伝説と其情話』『日本新聞年鑑』と辿って大体の結論を得た。そこで差当り「蓮華温泉の怪話」及び杉村顕道の位置について、従来の説明に疑義のあることを述べた上で根本となる本文の紹介に取り掛かり、その間に著者についての調査をもう少し進めて置こうと思っていたのだが、私は全く知らなかったが青木氏は、阿寒湖の「恋マリモ伝説」と白馬岳の「雪女」に関して、近年取り沙汰されることの多い、知る人ぞ知る人物で、ネット検索だけでなく図書館等も回って確認すべき事柄が少なくない。とてもでないが直ちに続稿を上げられるような相手ではなかったのである。
 しかし、「マリモ」も「雪女」もブログに取り上げている人がいることだし、私は青木氏の全体像を描き出そうとは思っていない。差当り、青木氏と高田の関わりを指摘して白銀冴太郎と青木純二が同一人物であることに決着を着け、そして問題の本『山の傳説』が杉村顕道・末広昌雄長沢武*1によって無批判に利用されて来たことを確認し、「木曾の旅人」に連なる怪異談と怪異小説の流れの中に青木純二「晩秋の山の宿」を位置付け、そして杉村顕道「蓮華温泉の怪話」も相応しい位置に置き直すこと、この3点に絞って、今後は進めて行くつもりである。(以下続稿)

*1:【2022年1月12日追記】長沢氏についてはしばらく保留にする。