瑣事加減

2019年1月27日ダイアリーから移行。過去記事に文字化けがあります(徐々に修正中)。

「木曾の旅人」と「蓮華温泉の怪話」拾遺(156)

志村有弘 編訳『山峡奇談』(3)
 志村氏が杉村顕道『信州百物語(信濃怪奇伝説集)』から採録している2話は、2019年9月22日付(125)に取り上げた、丸山政也・一銀海生『長野の怖い話 亡霊たちは善光寺に現るにも採用されている。すなわち、「蓮華温泉の怪話」が2019年9月23日付(126)に述べたように91~100頁「二十二 招かれざる客 北安曇郡」に、そして「人骨をかじる狐の話」が2019年9月27日付「青木純二『山の傳説』(03)」に触れたように、115~116頁「二十八 野天の火葬場 伊那市」に再話されている。
 しかしながら、上記の記事でも触れたように、これらの話を杉村氏の著作として扱うのは問題がある。『信州百物語』刊行(昭和9年)の4年前、昭和5年(1930)に刊行された、青木純二『山の傳説 日本アルプス』に拠っているからである。両者の依拠関係は2019年8月18日付(105)に纏めて置いた。すなわち、「蓮華温泉の怪話」は『山の傳説』100~111頁3行め、北アルプス篇【37】「晩秋の山の宿(白馬岳)」に、「人骨をかぢる狐の話」は『山の傳説』278頁2行め~279頁10行め、南アルプス篇【15】「戸臺部落(仙丈岳)」に拠っているのである。
 ここで繰り返しになるが、改めて経緯を確認して置こう。
 「晩秋の山の宿」は「サンデー毎日昭和3年(1928)7月22日号に掲載された「一頁古今事実怪談」懸賞募集の入選作、白銀冴太郎「深夜の客」を、若干書き換えて再録したものである。白銀氏は朝日新聞の写真であった青木純二が、ライバル社の懸賞に応募するに当って使用したその場限りの筆名と思われる。
 この「深夜の客」が、2018年8月6日付(025)に述べたように東雅夫によって発見されて、2017年10月刊『山怪実話大全 岳人奇談傑作選』に収録された。
 2018年8月8日付(027)及び2019年8月8日付(095)に見たように、東氏は『山怪実話大全』第一刷の「編者解説」にて「深夜の客」と「蓮華温泉の怪話」の類似について「全体の構成や描写の共通性に照らして、顕道が「深夜の客」にもとづいて再話したことは明らかだろう。」との常識的な解釈を示すのみであったが、実は当初から白銀冴太郎=杉村顕道同一人物説を考えていて、2019年8月9日付(096)に引いたように『山怪実話大全』第三刷の「編者解説」の【追記】に、同一人物説について「確証こそ無いものの、‥‥可能性は極めて高いといえよう。」と述べていた。しかしこれが誤りであったことは、2019年8月10日付(097)に結論を先に示し、以後の記事に縷々考証した通りである。
 私も当初、東氏の説に従って、2018年8月11日付(030)のような妄想をしたこともあったのだが、2019年8月11日付(098)に見た青木純二『山の傳説 日本アルプス』に「晩秋の山の宿(白馬岳)」を見出し、2019年8月12日付(099)から2019年8月15日付(102)まで、全文を引用して『山怪実話大全』掲載の「深夜の客」と比較して見た。2019年8月16日付(103)に述べた通り、「深夜の客」と「晩秋の山の宿(白馬岳)」はほぼ同文ながら、その僅かな異同に着目し、更に2019年8月18日付(105)に示した『山の傳説』を典拠とする話が「蓮華温泉の怪話」を始めとして『信州百物語』に12話(全41話中)あるところから、杉村顕道が『信州百物語』執筆に当たって参照したのは「サンデー毎日」ではなく『山の傳説』であることを確定させたのであった*1
 本来なら「晩秋の山の宿(白馬岳)」と「蓮華温泉の怪話」の本文を比較するべきなのだが、「晩秋の山の宿(白馬岳)」とほぼ同文の「深夜の客」との大体の比較を2018年8月7日付(026)から2018年8月13日付(032)まで、断続的になってしまったが済ませてあるので、改めてやり直すことはしなかった。それに結論としては、結局、東氏の云う通り「深夜の客」に基づく「再話」で間違いないのである。
 志村氏が『山峡奇談』で、1年程前に東氏が『山怪実話大全』に提示していた「蓮華温泉の怪話」の典拠、白銀冴太郎「深夜の客」ではなく、敢えて杉村顕道「蓮華温泉の怪話」を採録した理由は分からない。杉村氏の剽窃の可能性もあるのだから、普通に考えれば保留にするべきだったと思う。そこを敢えて採ったとすれば、東氏が匂わせていた白銀冴太郎=杉村顕道に同意したからだろうか。だとすると確かに、決定稿に当たる「蓮華温泉の怪話」を採るべきである。いや、それとも東氏の「深夜の客」発掘に気付かないまま、ここのところの杉村顕道再評価の流れに乗って「蓮華温泉の怪話」を採っただけなのだろうか。そうだとすると、私の青木純二「晩秋の山の宿(白馬岳)」発掘は、時期的に『山峡奇談』編集に間に合っていたはずなのだけれども、気付かれなくて、まぁ、当然なのであった。(以下続稿)

*1:8月8日追記】既に前年に刊行した『信州の口碑と傳説』に、2019年8月26日付「杉村顯『信州の口碑と傳説』(5)」以降列挙したように『山の傳説』から多くの話を得ていた。