瑣事加減

2019年1月27日ダイアリーから移行。過去記事に文字化けがあります(徐々に修正中)。

「木曾の旅人」と「蓮華温泉の怪話」拾遺(124)

・杉村顯『信州百物語』の評価(5)
 繰り返しになるが、本書は編纂物であって、オリジナルな内容は殆ど含んでいない。
 このような「伝説集」は、大正期にも多く編纂され、現代にもその流れは続いている。「伝説」には著者がいない(はずである)。だから自由に使える素材として、ある意味重宝な存在なのである。当時は参考文献を挙げることを要求されなかった上に、自分で集めたかのような文言を書いていたりするものだから、刊行時に実際にその土地で、その伝説が伝承されていたかのように誤解してしまう読者、いや研究者も少なくなかったのである。今でもそう思わされるだろう。
 しかし本書は刊行当時余り注目されなかったようで、戦中戦後の何次かに亙る増刷も、識者の注目を集めるには至らなかったようである。
 9月15日付(118)に見たように、加門七海によって岡本綺堂「木曾の旅人」と「蓮華温泉の怪話」の関連が指摘されて以来、注目されるようになったが、復刊はされなかった。その「怪談全集」の企画が進行中に② 著者が判明したことが、本書を直ちに再刊させるとともに、9月19日付(122)及び9月18日付(121)に述べたように、評価も変えてしまったように思われる。
 それから、やはり標題である。北原尚彦『SF奇書天外』及び『SF奇書コレクション』でも度々指摘されているように、世間には標題と内容が乖離した作品が多々ある。古書蒐集家でもある北原氏の場合、現物を見ずに目録で標題を見て注文するから、標題と内容の齟齬がその蒐書エッセイの定番の味付けになる訳だが、本書も正直、初版の「怪奇傳説 信州百物語」、再版以降の「信州百物語 信濃怪奇傳説集」なる標題に見合った内容とは言い難い。しかし本書に関して北原氏は、そこの判定が甘いように思われるのである。
 その、そこのところが、③「信州百物語」或いは「信濃怪奇傳説集」と云う標題の狡いところだと思う。
 本書の場合「百物語」は9月6日付(109)に引いた「近刊豫告」(これが再版以降の「はしがき」に流用される)及び9月8日付(111)に引いた初版の「はしがき」からして「怪奇的傳説、妖怪譚」すなわち怪異談を指していることが明らかである。しかし、必ずしも怪異談に限定しない100話を集めた本に使われることもあるので、怪談が揃っていなくてもそんなものかと思わせてしまうところがある。私はこの内容では「怪奇傳説」とは云えないだろうと思うが、やはり何を以て「怪奇的伝説」とするかは「怪奇」と「伝説」の定義に曖昧なところがあって、何となく誤魔化されてしまうようなところがある。そこに後年、地方で特色ある活動をした怪談作家の「若書き」であることが加味されると、何だかそれらしい意図があるかのように思えてしまう。
 しかも、終戦前後に相当数増刷されたことと、標題や「はしがき」、頁数や版元の異なる異版が多いことが、、或いはとともに古書蒐集家にアピールした。青木純二『山の傳説』よりも先に本書が《発見》されたのも、部数の多さからだったと思われる。そして本書の諸版については9月3日付(108)に不完全目録を示して置いたが、再版時の改題の他にも「信州百物語」を欠いて「信濃怪奇伝説集」のみとなっているものなどがあり、東雅夫や北原尚彦、ナカネくん等は複数所蔵し、異同についてエッセイや tweet に報告している。
 に関連する標題と内容の齟齬、の異版など、本来なら余り好ましくないことのはずなのだが、それもより大きな理由である①②と相俟って、本書への興味を駆り立てる要素として機能した。その点では非常に幸運な書物と云えようかと思う。
 しかしながら、そろそろ軌道修正をすべき時期ではなかろうか。
 について、先行する星野氏、そして加門氏・東氏・堤氏など、「蓮華温泉の怪話」が「木曾の旅人」の「原話」である、或いは「原話」が伝承され続けて後年記録されたのが「蓮華温泉の怪話」である、とする意見がこれまでは主流であった。しかしこれは、2013年6月29日付(18)に述べたように千葉俊二によって「五人の話」の「炭焼の話」が紹介されたことで否定されたと、2013年6月30日付(19)にも触れたが、私は思っている。以来6年が経過したが、いよいよ時期は来た。私は研究過程をそのままブログにアップする方式で錯綜している自分の研究成果を、世に問うべく纏めることに吝かではない。
 最後に、これは私の反省だが2013年夏までの時点で、いや次善として昨年、末広昌雄の「山の伝説」及び「雪の夜の伝説」を検証したときでも良い、手間を惜しまずに『信州の口碑と傳説』に当たっておれば、『信州百物語』が樺太で余り材料を手許に置かずに書かれたらしいことも突き止められたはずなのである。この他にも『信州の口碑と傳説』によって色々と検証すべき課題を得ているのだが、それを怠ったがために今に至ってしまった。しかし、今からでも遅くない。「蓮華温泉の怪話」の位置付けも、東氏による「深夜の客」発掘、そして私が『山の傳説』に行き当たったことで青木純二と云う実の著者も明らかになり『信州の口碑と傳説』及び『信州百物語』編纂の方法も(まだ前者については途上だが)かなりの部分が解明された。さらに先を目指して、過疎ブログながら精進する所存である。(以下続稿)