瑣事加減

2019年1月27日ダイアリーから移行。過去記事に文字化けがあります(徐々に修正中)。

「木曾の旅人」と「蓮華温泉の怪話」拾遺(113)

・北原尚彦所蔵の『信州百物語』初版(2)*1
 昨日の続きで、杉村氏の著書紹介のところから見て置こう。単行本15頁1~3行め、初出は数字が算用数字全角でルビなし。

 著書は他に『日本名醫傳*2(擁光廬/一九五三年)など。杉村顕名義では『信州の口碑と伝説』(信濃郷土誌刊行会/一九三三年→郷土出版社/一九八五年)がある。杉村彩雨名義では『冬椿』(山鳴社/一九六一年)など俳句集多数。


 ここに『信州の口碑と傳説』が登場する。なお『日本名醫傳』については先日偶然、某市立図書館で借りた増補版を、9月4日付「杉村顕道の著書(1)」に取り上げて置いた。すなわち「『日本名醫傳』(擁光廬/一九五三年→『増補近代名医伝』槐書院/一九五八年→『定本近代名医伝』宝文堂出版販売/一九七二年)」と辿れるようである。続く4~6行めに、

 杉村顕名義の『信州の口碑と伝説』はタイトルからもお分かりの通り怪異譚も収集されており、/「琵琶池の龍神」と「興禅寺の狐檀家」の話は『怪談十五夜』において「温泉寺奇談」及び「蛻庵物/語」として書き直されている。

と『怪談十五夜』との関連が指摘されている。
 この『怪談十五夜』と関連する話は叢書東北の声11『杉村顕道怪談全集 彩雨亭鬼談』に、全編収録した『怪談十五夜』『彩雨亭鬼談 箱根から来た男』『怪奇伝説 信州百物語』の「三作に収録されていない杉村顕道の怪談作品および関連作品を収めた」381~434頁「彩雨亭鬼談拾遺」に、428頁4行め~430頁に「大沼池の龍神」が題下に「『怪談十五夜』所収「温泉寺奇譚」原話」と添えて、そして6話め、431~434頁「興禅寺の狐檀家」は題下に「『怪談十五夜』所収「蛻庵物語」原話」と添えて、収録されている。
 『杉村顕道怪談全集 彩雨亭鬼談』11~100頁「怪談十五夜」では11話め、67頁6行め~75頁に「温泉寺奇譚」、題(及び収録順)が北原氏の示す一覧と違うのは、『杉村顕道怪談全集 彩雨亭鬼談』の底本が初版(昭和二十一年七月五日)であるのに対し、北原氏が入手したのが三版(昭和二十二年一月十五日)だからであろう。但し原話は『信州の口碑と傳説』下高井郡【4】琵琶池の龍神(100頁6行め~102頁)ではなく1つ前、下高井郡【3】大沼池の龍神(96~99頁5行め)が正しい。
 同じく『杉村顕道怪談全集 彩雨亭鬼談』の「怪談十五夜」12話め、76~86頁6行め「蛻庵物語」は、『信州の口碑と傳説』西筑摩郡【3】興禅寺の狐檀家(196頁~202頁2行め)に拠っている。この話は8月27日付「杉村顯『信州の口碑と傳説』(06)」に見たように、青木純二『山の傳説』北アルプス篇【73】「興禅寺の檀家(御 嶽)」に拠っていると見られるのだが、「蛻庵物語」冒頭部(76頁4~13行め)も『信州の口碑と傳説』南安曇郡【11】參議秀綱と奥方の死(269頁6行め~271頁)の要約である。この話も更に遡ると、8月28日付「杉村顯『信州の口碑と傳説』(07)」に見たように、青木純二『山の傳説』北アルプス篇【48】「秀綱の死(徳本峠)」に拠ったものと思われる。
 恐らく、荒蝦夷の編集部では『杉村顕道怪談全集 彩雨亭鬼談』編集に際し、この「温泉寺奇譚」と「蛻庵物語」の2話が信州の話だと云うので『信州の口碑と傳説』を確認したのであろう。そして「大沼池の龍神」と「興禅寺の狐檀家」を見出し、更に奥付と見開きになっている『信州百物語』の「近刊豫告」に「杉村顯著」とあるのに気付いた、と云う流れであったろう。
 そして、北原氏も若干遅れて、同様の手順を踏むのである。――単行本では1行分空けて、15頁7~17行め

『信州の口碑と伝説』の巻末には、同じ信濃郷土誌刊行会からの近刊として、杉村顕『信州百物語』/の広告が載っていた。ハテ、そんな著書の情報はなかったが……と調べてみると、翌年の一九三四年/に信濃郷土誌刊行会編で『信州百物語 信濃怪奇傳説集』という本が出ていることが判明。これも杉/村顕の著書なのか。現物で確認してみたいが、どこかの古本屋に出ていないかなあ……とネットで検/索してみたら、北原尚彦のサイトがヒット。自分で持ってるじゃないか!
 あわてて書庫を発掘することしばし。無事に同書を見つけました。確認すると、「はしがき」を書/いているのも、奥付の編者も「信濃郷土誌刊行会 代表者 荻原正巳」/としか記されていないので気付かなかったが、これが杉村顕道の著/作らしいのだ! 自分で持っていて、その価値を判っていませんで/したよ。記録を調べたら、何年も前に五反田と神田の古書即売会ハシゴして古本を買いまくった際に、入手したうちの一冊だった。


 13行めから字数が少ないのは15頁左上(19行めまで)に『信州百物語 信濃怪奇傳説集』五版の書影が掲載されているからである(初出はカラー)。最後の灰色太字にした箇所が初出にない加筆箇所、他に初出との異同は、太字にしていた書名を明朝体にしたことと、算用数字を漢数字に改めたことのみ。
 ここで、改めて貧乏性の私とは発想が違うなぁ、と思ったのは、見たい本について「どこかの古本屋に出ていないかなあ」と思っていることで、もちろん愛書家の方々のように、かく発想するのが正しいあり方だと思うのだけれども、私だったらこれが「どこかの図書館にないかなあ」になってしまうである。実際、9月3日付(108)に示したように、長野県内の図書館を巡回すれば、本書の諸版をあらかた閲覧出来るのである。
 これについて、以前は、本を買い込む経済的・空間的余裕がないから、と云う言い訳をしたと思うが、私の専門は元来は古典で、研究対象の写本・版本など、原本は滅多に手に入らないし、古書店や即売会に出たとしても数十万かそれ以上、従って活字本や影印本を参照することになり、それは古書店で数万円で手に入るんだけれども、私ぐらいしか見る人がいないので図書館の閉架書架にいつでも納まっているものだから、買おうとは思わなかったのである。どうしても原本を見る必要が生じたら、必要であれば(と云うか、研究職に就いていないので提出を求められることが多く、しかも)市の図書館で(要領を得ない民間委託の館員に縷々説明をした上で)紹介状を書いてもらって閲覧申請をして、交通費が勿体ないから何館か梯子する。しかし、絶対に手に入らないか、買うよりその方が安いからそうするので、果たして『信州百物語』がそこまでの価値がある本なのだか――とは思うのだけれども、今、春にでも、飯田市立中央図書館と長野市立長野図書館には、行って見ようかしらん、そんな気分になっている。
 まだ北原氏の初版の話にならないが、長くなったので今回はこの辺りまでとします。(以下続稿)

*1:9月12日追記】投稿当初「・『信州百物語』の成立(5)北原尚彦所蔵の初版②」と題していたが「成立」解明に大きな意義を持った発見だけれども内容は「成立」事情に絡まないので、見出しを改めた。

*2:ルビ「めいい でん」。