・朝里樹『日本現代怪異事典』(2)
昨日は、朝里氏が人攫いの赤マントの典拠とした『魔女の伝言板』『現代民話考7』に、改めて批判を加えて置きました。ともに(朝里氏は体験者には注意していないのですが)三原幸久と北川幸比古が赤マント流言の当時耳にした噂なのですけれども、時期が明らかに間違っています。
そしてしつこいようですが「常光徹他編著」がどうにも引っ掛かります。白水社版『日本の現代伝説』シリーズの編者で、4冊全てに名前が出て、かつ、ちょっと怪談が好きと云った程度(?)の者も知っている名前と云うことで選択しただけかも知れませんが、少々権威主義的な響きが感じられるようです。――常光氏とて、自身が論文にしたり、世間話研究会や昔話伝説研究会の研究者が論文にしてきっちり検証したりしたような、時間を費やして、信頼性について一々検討を加えた資料だけを扱っている訳ではないでしょう。いえ、常光氏を始めとする研究者たちが論文や著書に載せている事例とて、そのまま信用出来るとは思えないのです。上記の事例も、北川氏の年齢と学年は『現代民話考』だけでは解決出来ないから仕方がないとしても、三原氏の方は『魔女の伝言板』だけでも解決可能なのですから、やはりごく初歩的な見落しであると云わざるを得ません。しかしこれまで気付かなかった人が多いらしいことからすれば、私が特に疑り深いだけかも知れませんが。
さて、朝里氏が全体としてどの程度、赤マントの事例を集め得たかは分かりませんが、何に拠って説明を組み立てて行ったかは「赤マント(あかまんと)」項から推察出来るようです。すなわち、人攫いでなくなった「日本現代」の赤マントの「怪異」について述べた次、26頁中段14~16行め、
このように半世紀以上の間語られ続ける/怪異だが、その発生の背景にはいろいろな/説がある。
として、幾つかの説を取り上げているのですが、まづ、中段17~20行め、
最も古いものは一九〇六年に起きた「青/ゲットの男事件」が元になったという説で/ある。一九〇六年二月一四日付「北國新/聞」の記事を参照すると、‥‥
として、2014年5月22日付「松本清張『死の枝』(2)」及び2014年5月23日付「松本清張『死の枝』(3)」にも取り上げた、明治39年(1906)2月に福井県で発生した事件に言及します。なお「北國新聞」の記事は、松閣オルタ「オカルト・クロニクル」の「青ゲット殺人事件――都市伝説となった事件(公開日: 2014/03/23 : 最終更新日:2017/09/28)*1」にて複写を見ることが出来ます。
このサイトは本になっているけれども、残念ながら青ゲット殺人事件は収録されていないようです。
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‥‥。さらにこの青/ゲットの男事件は毛布の色が赤となり、舞/台を昭和の戦前に移した都市伝説「赤毛布/の男事件」を生み、これが赤マントの元に/なったと言われることもある。青が赤に変/わった過程については物集高音*2著『赤きマ/ント』という小説にて考察されている。
とあるように物集高音『赤きマント』に拠るのです。但しこの事件、今のように放送(テレビ・ラジオ)がなく、新聞も現在のような全国紙が存在しなかった時代の東京で、有名であったとは思えません。中野並助『犯罪の縮図』に載った「赤毛布を着た殺人鬼」によって初めて広く知られるようになったのではないか、と思われます。そして2014年5月22日付「松本清張『死の枝』(2)」に引いた『赤きマント』の記述にあるように、この本は昭和22年(1947)刊なのですから、昭和14年(1939)の赤マント流言よりも後、従って私は「青ゲット殺人事件」が赤マント流言に影響を与えたとは思っていません。その可能性を完全に排除しようとは思わないけれども、少なくとも「発生の背景」に位置付けることは無理だろうと思うのです。ですから私は当ブログでこの説には全く(と云って良いくらい)触れて来ませんでした。検討を加えたところで、所謂《無理筋を引く》ことになるだけだとしか思えないからです。『昭和十四年の赤マント』上梓の暁には、一応、触れますけれども。
朝里氏はもちろん白水社版『日本の現代伝説』シリーズはきちんとチェックしているはずですが、「赤マント」項に、従来引かれることの多かった『現代民話考』の北川幸比古(東京)の話ではなくて『魔女の伝言板』の説(朝里氏は触れていないが大阪)の方を筆頭に挙げたのは、昨日も触れた2014年2月1日付(101)に引用したように、物集氏が『赤きマント』にて、この「三原って云う‥‥大学教授」の証言を重要視していることの影響ではないか、と思われるのです。当然のことながら大学教授も間違う、としか、言い様がないのですけれども。(以下続稿)