瑣事加減

2019年1月27日ダイアリーから移行。過去記事に文字化けがあります(徐々に修正中)。

赤いマント(256)

井上雅彦「宵の外套」(11)
 昨日の続きで①初出『京都宵』②再録『四角い魔術師』③再々録『夜会』の異同を確認しつつ内容を見て置こう。要領は8月8日付(250)に同じ。
 昨日引いた、地の文になっている友人の説明の最後までと「私」の感想。

【G】カイナデさん(①476頁2行め~477頁9行め②248頁下20行め~249頁下14行め③138頁上17行め~139頁下7行め)

 同様に〈赤い紙 青い紙〉というのもある。こ\【138上】れは、|「マント」の替わりに「紙」があるだ/けで、\前の話と|変わらない。【248】
 しかし、これにも源泉があるようだ。
「それなんやけれど……これ、カイナデさんと、\ちが|いますやろか」
 友人が注釈した。「昔の京都では、節分に厠に\はい|ると、〈カイナデ〉いう妖怪に逢ういいま/す\のんえ。|気色の悪い手ぇでお尻を触られる。それ\を防ぐ呪文が|ありますのや。それが――赤/い紙や\ろか、白い紙やろ|か――そういうと、なにもされ\ないといいますのんえ|……」
 起源は、厠神にあるという。
 厠神の祭祀の名残り……であると伝える本もある。
 どうやら、マントの怪人の話が、厠神の話と混\ざり|合ってしまったようだ。
 しかし……。
「黒い外套」の男の話には、厠の属性がまったく\【138】ない。
 そのかわり……吸血の属性はある。
「つまり、せんせの聞いたはる黒い外套の男の話\は、|トイレの話や殺人の話が消えてしまった/わけ\なんです|やろ。そやさかいにそれ、すごい、おも\しろい」
 友人は言った。【476】
「きっと、もともと御母様にその話を教えはった\語り|手が、意図的に封印したのと違いますか。/本\当に流行|【249上】していたのは、別の話。それは……ほん\まは、トイレ|の殺人だったんと、ちがいま/すやろ\か。おそらく、実|際の事件がありましたんや。ほ\んなら、なぜ話を意図|的に、すり替え/たか。よろ\しおすか。――真犯人は、|その烏丸今出川の私学\の中学生だったんや。老舗の人|形/店のぼんぼん。\それこそが――あの怖ろしい、トイ|レで起きた連\続殺人の……」【139上】
 
 やはり、都市伝説など、調べてもらうものじゃ\なかっ|た。
 いや、それ以上に、あの「話」をむやみに話す\べき|じゃなかった。
 あたかもドラマの山村紅葉*1が憑依*2したようにな\っ|た友人を残し、私は、次の夕暮れ、深草へ/と足\を伸ば|した。


 さぁ、私の苦手な分野になった。
 2011年3月22日付「幽霊と妖怪」及び2018年7月27日付「小松和彦監修『日本怪異妖怪大事典』(3)」に軽く触れたけれども、私は妖怪に興味がないのである。怪異談は好きなのだけれども、妖怪にはどうにも興味が持てない。だから「カイナデさん」のことも知らなかった。
 もちろん『妖怪事典』の類も持っていないし『日本怪異妖怪大事典』も近所の市立図書館にはなく、緊急事態宣言前に借りていた図書館にはしばらく通わないつもりなので、ネットで検索して見たのだが、余り情報は得られなかった。どうやら、京都の辺りでは明治・大正頃から、節分に厠に出没する妖怪として報告されているようだ。ところが、便所で「赤い紙やろか、白い紙やろか」と呼び掛けてくる妖怪のことを「カイナデさん」と呼んでいる tweet が目に付いた。それは「カイナデさん」ではないだろう、と思って、少々調べて見ることにした。近々別の記事として報告する。――そして、例によって妖怪の研究家たちに文句を言うことになりそうだ。
 それはともかく、基本的な情報は柳田國男 監修・民俗学研究所 編『綜合日本民俗語彙』を見て置けば良さそうだ。

 これも所蔵する図書館に中々出掛けられないのだが、「国立歴史民俗博物館」HP「民俗語彙データベース」によって、内容を知ることが出来る。すなわち、見出し語「カイナデ」にて、

京都府下でいう便所の怪。カイナゼともいう。節分の夜、便所に行くとこのものに尻をなでられる。是非入りたいときは、「赤い紙やろうか、白い紙やろうか」といつて入ればよい。

と説明されているようだ。
 さて、友人の山村紅葉ばりの推理(容姿ももみたんに似ていると思って良いのであろうか?)は、もちろん外れているので、実際にトイレの連続殺人事件があったとは思われない。
 あ、〈赤い紙 青い紙〉について何もしないままだったが、これも長くなりそうなのでまたの機会に回すこととしよう。(以下続稿)

*1:ルビ「もみじ」。

*2:ルビ③「ひようい」。