瑣事加減

2019年1月27日ダイアリーから移行。過去記事に文字化けがあります(徐々に修正中)。

白馬岳の雪女(04)

 7月22日付(03)の続き。
 私は、所謂「蓮華温泉の怪話」は青木純二が岡本綺堂「木曾の旅人」に想を得て捏造したものと考えているが、そのついでに、所謂検算みたいな按配で、類例である白馬岳の雪女についても検討して見ようと思ったのである*1。そこで「蓮華温泉の怪話」の系譜を辿る作業を一通りやりおおせた一昨年秋に、続けて白馬岳の雪女に関する諸氏の著述を、全てではないがそれなりに集めて、記事に取り掛かるつもりだった。
 この件に関して、最大の成果と云えるのはやはり遠田勝『〈転生〉する物語――小泉八雲「怪談」の世界の「小泉八雲と日本の民話――「雪女」を中心に」なのだが、ネット上で主として取り沙汰されているのは専ら牧野陽子「「雪女」の〝伝承〟をめぐって――口碑と文学作品――」の言い分で、牧野氏の記述を通して遠田氏の著書の内容にも言及されるような按配であった。だから遠田氏の言い分に即して検討してみる必要があると思ったのである。
 しかし、遠田氏の研究にも、そもそもの前提に大きな欠落がある。――白馬岳の雪女に関しては、遠田氏の著書が出る10年以上前に民俗学者の大島廣志が「「雪おんな」伝承論」と云う論文を書いているのを見落している。この論文は遠田氏の本が出る4年前に刊行された、当ブログでも2016年2月1日付「大島廣志『民話――伝承の現実』(1)」として取り上げた論文集の巻頭に、収録されているのである。
 しかも、その中で大島氏は、牧野陽子の旧稿「「雪女」――世紀末〝宿命の女〟の変容*2を批判しつつ、越中富山県)と信州(長野県)の伝説集に載る白馬岳の雪女譚に、共通の原拠の存在を想定していた。尤も大島氏は青木純二『山の傳説』を発見出来なかったので、そこまでに止まっている。しかし遠田氏の研究と重なる部分が多く、この遠田氏による大島論文の見落しは、「白馬岳の雪女」研究史を整理する上でちょっと厄介な問題になっているのである。
 この大島氏の論文には、牧野氏も気付いていないらしい。「「雪女」の〝伝承〟をめぐって――口碑と文学作品――」で取り上げておれば、さらに痛烈に遠田氏を批判する材料になっただろうに、触れていない。この論文をラフカディオ・ハーンと日本の近代 日本人の〈心〉をみつめてに再録するに際して、遠からず記事にしようと思っているが牧野氏は細かく手を入れている。しかし大島氏の論文には触れないままである。恐らく気付いていないのであろう。遅きに失した感はあるが、今からでも大島氏の批判に応えて欲しいと思う。
 それはともかくとして、遠田氏の本が出てから10年になる。その後も、遠田氏は同様の研究を続けているらしい。 
・「越境する「雪女」ー白馬岳の雪女伝説と「民話」の近代化ー」『ハーンのまなざし 文体・受容・共鳴』9~31頁(2012年3月31日・熊本出版文化会館)
・「辺見じゅん「十六人谷」伝説と「雪女」―「人に息を吹きかけ殺す」モチーフと民話の語りにおける伝統の創出(その一)」神戸大学近代発行会「近代」第107号1~16頁(2012年10月)
・「辺見じゅん「十六人谷」伝説と「雪女」―「人に息を吹きかけ殺す」モチーフと民話の語りにおける伝統の創出(その二)」神戸大学近代発行会「近代」第109号1~15頁(2013年11月)
・「ハーンにおけるオリエンタリズムと日本の伝統的説話の変容―「破られた約束」の出典と成立過程を考える」神戸大学近代発行会「近代」第111号1~17頁(2014年11月)
・「百物語・民話・近代小説―ハーンと民俗説話の変容」神戸大学近代発行会「近代」第113号1~17頁(2015年11月)
・「ラフカディオ・ハーン「貉」とノッペラボウ物語の誕生―「日本」を語るオリエンタリズムと近代日本における「民話」の創出」神戸大学近代発行会「近代」第115号19~39頁(2016年12月)
・「近代日本における『民話』の誕生―ラフカディオ・ハーン『貉』以後のノッペラボウ物語を中心に」神戸大学英米文学会 編『教養主義の残照―「コウベ・ミセラニ」終刊記念論集―』171~194頁(2018年3月・開文社出版・294頁)
・「オリエンタリズムと「民話」のメディア展開――Lafcadio HearnのThe Story of Mimi-Nashi-Hôïchiを例として」「国際文化学研究:神戸大学大学院国際文化学研究科紀要」第51号1~18頁(2018年12月)
 最後の1点だけ「神戸大学学術成果リポジトリKernel」で閲覧出来たが、他は私の出身校の大学図書館にも所蔵されておらず、いづれ国立国会図書館にでも行って、と思っているうちにコロナが蔓延して未だに見る機会がないままである。
 最初の1点は時期的に『〈転生〉する物語――小泉八雲「怪談」の世界の「小泉八雲と日本の民話――「雪女」を中心に」を要約したものかと思われるが、次の「辺見じゅん「十六人谷」伝説と「雪女」―「人に息を吹きかけ殺す」モチーフと民話の語りにおける伝統の創出」が、「雪女」を扱っているだけに、その後知り得たことをどの程度補ってあるのか、気になるところで、そのことを確認しないと遠田説の批判を始められないと思ったので、一昨年の秋から保留にしていたのである。
 しかしながら、コロナはいよいよ指数関数的感染拡大を示し、どうにも身動きが取れない。直接発行元や著者に問い合わせる、と云う手もあるが、まぁいづれ国立国会図書館に行く日も来るだろう。
 それに、これら遠田氏の論文を読んでいるのではないか、と思われる牧野氏が(読んでいないのかも知れないが)近著でも大島氏の論文に何ら反応していないところからすると、やはり遠田氏の論文に大島論文への言及がない、すなわち遠田氏も大島論文に気付いていないのではないか、と思ったので、差し当たり『〈転生〉する物語――小泉八雲「怪談」の世界の記載を元に、遠田説の検討を始めてみようと思ったのである。(以下続稿)

*1:そこでつくづく、7月22日付(03)に指摘した、星野五彦が青木純二『山の傳説』を知らずに「蓮華温泉の怪話」と白馬岳の「雪女」を探り当てた慧眼に驚かされるのである。

*2:初出の題は「ラフカディオ・ハーン『雪女』について」。