瑣事加減

2019年1月27日ダイアリーから移行。過去記事に文字化けがあります(徐々に修正中)。

白馬岳の雪女(26)

 昨日の続き。
・遠田勝『〈転生〉する物語』(06)「一」4節め①
 「一 白馬岳の雪女伝説」の4節め、24頁6行め~28頁10行め「『山の伝説』」にて、ようやく青木純二と『山の傳説』が持ち出される。
 24頁7行め~25頁11行め、

 一九三〇年以降、長野県と富山県を中心に数多く報告されてきた、白馬岳の雪女伝説であるが、/これまで指摘されたものに、わたしの調べたものを付け加え、一定の条件で絞り込み、年代順に並/べてみると、以下の八話になる。その条件とは、話のなかに白馬岳という地名が出てくること、ハ/ーンの「雪女」と同型の「物語」であること(たんに雪女を目撃したという目撃談や、産女や山姥*1/伝説のような別系統の伝承をのぞく)、口碑あるいは古い伝説として記録されたものであること/(創作民話や創作童話ではないこと)、さらに媒体としては刊行された書籍であること(雑誌・新/聞・WEBは除外する)という条件である。なお、そうした条件をつけても、見落としの可能性は/あり、一九六〇年代から七〇年代の民話ブーム以降の出版物については、調べきれていないので、/実際の数はもっと多いだろうが、それはまた後日、追加、訂正することにして、とりあえずは以下/のリストで考証を始めよう。なお採話地が明記されている場合は、それをタイトルの後に括弧内で/【24】補った。
 
  1「雪女(白馬岳)」 青木純二『山の伝説 日本アルプス篇』丁未出版、一九三〇年
  2「白馬岳の雪女」 巌谷小波編『大語園』第七巻、平凡社、一九三五年
  3「雪女郎の正体」(北安曇) 村沢武夫『信濃の伝説』山村書院、一九四一年
  4「雪女」(北安曇) 松谷みよ子・瀬川拓男『信濃の民話』未來社、一九五七年
  5「雪おんな」 山田野理夫『アルプスの民話』潮文社、一九六二年
  6「白馬の雪女」(長野) 和歌森太郎ほか編『日本伝説傑作選』第三文明社、一九七四年
  7「雪女」(富山県下新川郡朝日町) 石崎直義編『越中の民話』第二集、未來社、一九七四年
  8「雪女」(富山県中新川郡立山町) 稲田浩二ほか編『日本昔話通観』第十一巻、同朋社、一/   九八一年
 
 採話地は、白馬岳山麓地方一帯、とくに長野と富山に多く、‥‥

 「長野と富山に多く」とあるが、他の地方で「採話」されたものはない。明示されていないだけである。
 しかし、それにしても恣意的な「一定の条件」である。しかも、読み進めて行くとこの「八話」の殆どが「口碑あるいは古い伝説として記録されたもの」ではなかったことが明らかになってしまうのである。「採話地」と云っているけれども、実際に「採話」されたのは7と8だけだろう。いや、――仮に遠田氏が当初この「八話」を選定して考証を進めて行ったのだとしても、別にそれを再現する必要はない。遠田氏自身が後に触れているように4『信濃の民話』の種本は3『信濃の伝説』と(やや分かりにくい形ながら)明示されているのだから、条件を適用すれば4は載せなくて良いはずである。それこそ牧野陽子の指摘する「演出」と云うことになるだろう。それよりも、集まっただけの話を全てをリストアップしてくれた方が(もちろん全てを俎上に載せる必要はない訳で)有難かった。こんな条件を示されると、遠田氏が触れていない話を見付けても、遠田氏は知っていて取り上げなかったのか、それとも気付いていないのかが分からない。
 なお「これまで指摘されたもの」は2が村松眞一、4は中田賢次が挙げている『信濃の民話』の初刊年である。中田氏の論考は私は未見だが8月19日付(23)に見たように牧野氏が中田氏の挙げた「三話」を注に示している。中田氏が4の刊年を「昭和四十九年」とした理由は不明(初刊年を示さない改装版が出ていたものか)。なお中田氏は別に『日本の民話』を挙げているが、これも松谷氏の再話だから『信濃の民話』と『日本の民話』は2話ではなく1話とカウントすべきである。6も中田氏の指摘だが、遠田氏本人が検討に際して63頁11行め「山の伝説というよりは、場末の飲み屋の光景のようである」と突っ込んでいるように、とてもでないが「口碑あるいは古い伝説として」の「記録」とは思われない。和歌森太郎と云う高名な民俗学者の名を借りているだけの通俗読物で、中田氏が挙げているので含めたと云うだけであろう。
 遠田氏の見付けたものは、実は1のみである。以下、遠田氏が気付いていない(と思われる)先行研究を挙げて置こう。
 3と8は、1998年に大島廣志「「雪おんな」伝承論」に指摘済み。詳しくは後述する。
 5は、7月22日付(03)に見たように、1982年に星野五彦『近代文学とその源流』に指摘済み。
 7は、富山大学附属図書館報「書香」No.33(1999年3月26日発行・14頁)1頁下~2頁上、鈴木邦雄「「雪女」民話をめぐって」に指摘がある。鈴木氏は鈴木直『越後の国 雪の伝説』のことにも触れている(7には、他にも、もっと早くに、気付いている人がいるかも知れない)。
 いや、1にしたって、8月19日付(23)に分かりにくく触れたように、今野圓輔『日本怪談集 妖怪篇』が取り上げていたのである。そうすると、やはり遠田氏が本書に今野氏の名を出さなかったことには意図――と云うか、牧野氏の云う〝演出〟があったのかも知れない、そんな邪推もしたくなって来るのである。
 2019年10月22日付「胡桃澤友男の著述(1)」に述べたように、遠田氏が本書で真っ先に挙げている胡桃沢友男「白馬岳の雪女郎」が入っていないことがやはり気になる。一応遠田氏もこれについては「一」章の最後、47頁2~6行めに、

 なお、本章の冒頭にあげた、民俗学雑誌『あしなか』に報告された「白馬岳の雪女郎」は、タイ/トルからもわかるように、明らかに、村沢の「雪女郎の正体」に依拠した再話であって、口碑の記/録ではない。したがって、村沢の要約の欠陥もそのまま「伝承」していて、白馬岳の雪女伝説とし/ては唯一、日文研のデジタル・データベースに拾われた貴重な報告ではあるけれども、伝承として/は、あまり筋のいい話ではない。

と触れている。――もちろん「雑誌‥‥は除外する」という条件に引っ掛かったため載せなかったのだが、それでは遠田氏は雑誌から、一体幾つ例を拾ったのであろうか? 新聞は探しづらいし、WEBは際限がないから「除外」しても良いと思う。しかし雑誌を除外した理由が良く分からない。6を入れるくらいなら、古い時期の雑誌記事は当然含めるべきだったのではないか。冒頭に原則として雑誌記事しか採録していない「怪異・妖怪伝承データベース」を取り上げて置きながら、雑誌記事を「除外」すると云うのは、ちょっと矛盾しているように思われるのだけれども。(以下続稿)

*1:ルビ「やまうば」。