瑣事加減

2019年1月27日ダイアリーから移行。過去記事に文字化けがあります(徐々に修正中)。

事故車の怪(10)

 事故車の怪異の話は都市伝説化して車種もソアラ、と云うことになっているようだ。――私は自動車に興味がなく、ソアラがどんな車なんだか全くイメージ出来ないくらいで、この手の話を人から聞いたこともない。
 群馬県を舞台として中古車のソアラの話が広まり始めたのは後述するように昭和62年(1987)らしい。私はこの頃、兵庫県に住んでいたので、接する機会がさらに減ったのかも知れない。群馬県に定着(?)する以前のソアラの話としては、小池壮彦の友人タンゲのソアラ(新車)の怪異がある。何となく後出しのような印象も受ける回想なのだけれども。
 ここでは小池氏本人が巻き込まれた事故の時期を、確認して置こう。――2017年1月3日付(03)に引いた『幽霊物件案内2』162頁7〜8行めに「前著『幽霊物件案内』では、およそ二十年前に、私が担ぎこまれた外科病院にまつわる怪異の話を/書いた。‥‥」と云うのが、『幽霊物件案内』143〜164頁、第五章「病院/患ってはいけない 外科病院総合病院」に5話収録されるうちの5話め、159頁13行め〜164頁5行め「デンマさんのドロップ」である。ちなみに『幽霊物件案内』全2冊の書影は、2013年4月10日付「小池壮彦『幽霊物件案内』(1)」に示した。
 冒頭部を引いてみよう。159頁14行め〜160頁6行め、

 以前、アルバイト先で知り合った運送屋さんが、仕事中にぎっくり腰で動けなくなり、救急車で世/田谷の病院〈K〉に運ばれた。ところが、変な治療をされたので、急いで違う病院に移った。【159】
 「<K〉って言えば、ぼくが昔、交通事故で腕を折ったときに運ばれたところですよ」
 「ヤブで有名なんだってね。こっちはそんなこと知らないから、えらい目にあった。あそこね、幽霊/も出ますよ。浪人生が入院しててね、医療ミスで死んだんだって」
 「あれは医療ミスではないですよ。あそこの病院で医療なんてやってませんから。その浪人生とぼく/は、いっしょに入院して懇意だったんです」
 と言って私は、運送屋さんに、こんな話をした。


 そして1行空けて160頁7行めから本題に入るのだが、どうも小池氏の書き振りは本によって齟齬を来すので、あれこれ検討しているうちに続きが長くなってしまった。そこでこの話の内容については別に、5月5日付「K病院の幽霊(1)」として立てることにした。
 さて、2017年1月3日付(03)に触れたように、小池氏の処女作『東京近郊怪奇スポット』30〜31頁にも、この話は〈ギプスを巻きたがる病院の代替わりする亡霊のうわさ〉と題して載っており、その冒頭から「およそ二十年前」と云う曖昧な書き方を、絞り込むことが出来るのである。30頁3〜4行め、

 何かの祟りかどうか知らないが、私は乗っていた車が小学校の壁に激突し、重傷を負ったことがあ/る。額を切り、左腕を複雑骨折した。十九歳の夏であった。


 『東京近郊怪奇スポット』奥付の上にある「著者紹介」に、2013年2月27日付「小池壮彦『東京近郊怪奇スポット』(2)」にも引いたが「1963年2月14日生まれ」とあるので「十九歳の夏」は浪人していないらしい小池氏が大学2年生の、昭和57年(1982)夏、入院期間は30頁13行め「十日ほど」であった。
 それはともかく、この「何かの祟りかどうか知らないが」という書き方は、小池氏の乗っていたソアラが新車であったことと、『東京近郊怪奇スポット』が刊行された頃には「〈自動車怪談〉の定番」となっていたソアラの中古車の怪談を、踏まえているのである。(以下続稿)