瑣事加減

2019年1月27日ダイアリーから移行。過去記事に文字化けがあります(徐々に修正中)。

「足要りますか?」(6)

・永山一郎「配達人No.7に関する日記」(6)
 台風が来るとて、帰りの電車がいつもより若干混んでいた。近所のスーパーの棚からパンが、食パンも菓子パンも消えていた。魚や肉も殆どなくなっていた。明日は休業とのこと。家人は先週満104歳になった祖母を見舞いに実家に帰っている。当初の予定通りなのだが、ちょうど台風をやり過ごして戻って来る勘定だ。明日は私1人で引き籠もる。別に何の対策もしない。今の借家を探したとき、風水害のことは考えた。地震では潰れるかも知れない。これで何かあったらそれはもう仕方がないので、何もしない。

  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *

 結末を見て置こう。
 18日め(108頁下段15行め~109頁下段4行め)、待っていた主人公の気持ちを察したのか、喫茶店に現れた配達人No.7に「きみと手を切りたいんだ。これ以上仕事の邪魔をされるのは御免なんだ」と切り出す。別に結託している訳でもないのに、執行委員会に「敵の手先」呼ばわりされたり上司に「変な男とつき合っている」などと言われるうちに、主人公の感覚もおかしくなって来たようだ。109頁上段3~11行め、

「きょう限りで現れないでくれ」
「結構ですね、じゃ請求に応じられるわけなんですね」
 私はそういうかれの言葉を予想していたので、すぐに/言った。
「請求に応じるとどうなんだ、どうなるんだ、ええ」
「どういう意味ですか」
「請求に応じると、右脚一本大腿部から下がなくなるの/かい? それともきみが切り取ってでも行くのかい」
「人によってそれは違いますね」


 どうなるのかは、自分はただの配達人であると言うことで教えてくれない。結局「請求には応じ」ず、「十八枚目のカードを受取」る。配達人No.7との会話が2日め3日めの会話の繰り返しになったことで前日には少しは見せていた余裕も失せ、事態の深刻さに直面せざるを得なくなってしまう。
 19日め(109頁下段5~20行め)、主人公の頭の中は3日め、或いは10日め以上に配達人No.7によって惑乱させられている。「カードはすでに十九枚」で、明日、20日めには14日めに配達人No.7に警告されたように「請求内容」が「増加」するはずで、かつ、17日めに上司に「来月つまり四日後に」は「その男と手を切」っているよう言われていた期限も、やはり明日なのである。
 20日め(110頁上段~111頁上段)、上段左に四隅が繋がっていない枠に、

一、右脚一本(大腿部モ含メルモノトスル)
 右物件受領イタシマシタ
沖 田 滝 男 殿
             配達人No.7

とあるが、この前(110頁上段12行め)後(110頁下段1行め)の本文に噛み合っていない。すなわち、これはレイアウトの都合でここに置かれているので、110頁下段9行めに入るべきかと思う。110頁下段1~8行め、

 と配達人No.7は、右手を上着の内側に入れ
「二十枚目には左脚も加えられていましたが、お渡しし/ませんから、前回の請求分だけで結構だと思います」
 かれの手に乗っているカードは今までのものと違い黒/黒とした枠で縁取られていた。
「それは?」
「受取りです」
 配達人No.7は静かに答え、私はそれを受取った。


 この次で良いと思うのである。この8行は上段の受領証のある位置に収まるので、受領証もこの8行のあった位置に収まる。
 さて、この受領証も「やはり宋朝体で刷られてあった」とのことで、もし再刊もしくはアンソロジーに収録される機会でもあれば、請求カードと受領証は是非とも宋朝体にして欲しいと思う。作者はそこまでしなくても良いと思っていたかも知れないが、一度宋朝体で見てみたいのである。
 そのまま、配達人No.7は何もせずに姿を消してしまう。
 それで主人公の右脚はどうなったかと云うと、帰宅して靴下を脱いだとき、ズボンから先が透明になっていることに気付く。ズボンをまくり上げて「右脚一本(もちろん大腿部も含めて)が完全に透明になっていることを確認」する。ぼんやり「ズボンさえ着けてれば何の異変も認められないんだ」と考え「これでいいのだ」と思いつつ「変に体がけだる」い。そして執行委員会の連中も実は右か左の脚が透明になっているのではないか、と考えたり、配達人No.7が明日から姿を現さないことに気付いたりしつつ、見えない右脚を「撫でている私の両肩から、すうっと力が抜け落ちて行くような感じがした。それが安堵を意味するのか、落胆を意味するのか、そのいずれなのかは私にははっきりしないのだ。」
 これでこの小説はお終いである。(以下続稿)