瑣事加減

2019年1月27日ダイアリーから移行。過去記事に文字化けがあります(徐々に修正中)。

「木曾の旅人」と「蓮華温泉の怪話」拾遺(145)

・朝里樹 監修『大迫力! 日本の都市伝説大百科』
 本書のことは11月23日付「赤いマント(211)」に取り上げたが、「二章 迫りくる影」の21項め(通しで42項め)、116~117頁に「おんぶ幽霊」が立っていた。
 見開きのイラスト、左頁(116頁)に青光りする女性を背負って、顔を仰け反らせて目を剥いた男性。暗い紫色のトレーナーに暗い灰色のズボン。女性は頭を男性の右肩の上に俯くように乗せ、青い髪が顔を隠している。むき出しの左腕を男性の左肩に掛け、破れた袖がまとわりつく右腕は男性の腹へと垂らしている。男性の右肘の後方に腰の辺りが描かれているが、裾の破れた服は男性の腰の辺りまでで腰から下はないようだ。背景が押し入れの襖らしいので床は描かれていないが和室らしい。右頁(117頁)、手前にピントがあっていない男児の後ろ姿、朱色のセーターを着た左腕を突き出して、青白い女性を指さしていて、下膊から先は左頁に入り込んでいる。子供の背景には木製の珠を連ねた珠暖簾が掛かって、その向うには野菜室を備えた白い冷蔵庫が見えている。家屋は昭和のやや古い家で、だから「床下」が活用(?)出来るのだが、冷蔵庫に平成らしさを示している訳である。
 117頁、上部に黄緑色の明朝体でごく大きく「おんぶ幽霊*1」その下にゴシック体でやや大きく「父親の背中に見える母親の幽霊*2」。黄緑色の横線を挟んでゴシック体白抜きで説明文、左右2列、

 殺された母親の幽霊が背中ごしに/あらわれるという、全国に伝わる有/名な怪談。*3
 ある地域に、夫婦と1人息子とい/う3人家族がいた。ある日、夫婦は/ちょっとしたことでケンカになり、/夫が妻を殺してしまった。夫は妻の/死体を床下にうめ、息子には「お母/さんはしばらく遠くへ出かけること*4【左】になったんだ」とうそをついたとこ/ろ、息子は父親のうしろを指差して、/「どうしてお母さんをおんぶしてい/るの?」と聞いた。殺された妻が幽/霊となって、夫の背後にとりついて/いたのだ。*5
 この怪談は古くから伝わってお/り、1890年代の明治時代にも似た/ような怪談が噂されていたという。*6


 「背中ごしに」の用法がおかしいようである。――「~越しに」は「~を隔てて」と云う意味で神原晶(岸部一徳)と大門未知子(米倉涼子)が銭湯の「壁越しに話す」だの、映画『また逢う日まで』の田島三郎(岡田英次)と小野螢子(久我美子)の「硝子越しの接吻」などと使う。「肩越しに」は誰かの肩を越して、と云うことだから、御即位記念特別展「正倉院の世界―皇室がまもり伝えた美―」は観客が多くて前の人の「肩越しに」やっと展示品を眺められた、と云う用法になる。そして「背中越しに」の場合は、背中を越して、すなわち背後から何らかの働き掛けをする場合に使うはずである。この話の場合、背後から見たわけではないから、おかしいのである。最初の一文は「殺された母親の幽霊が、父親の背中におぶさるように現れるという、‥‥」の如く、もっと素直に書けば良いと思う。そんなに単純でもないような気もするが。
 それから「全国に伝わる」話として「ある地域に」と書き出しては、「全国」各地から報告されている話例では、それぞれ特定の「地域」が名指しされているのを暈かして書いたかのようである。しかしそもそもが「あるところに」で始まる、初めから場所を特定しない話なのだから、この粗筋でも妙に実話めかした書き方をしなくても、多くの話例の語り出しの通り「あるところに」として置けば良いのではないか。
 以上は細かいところだが、最も気になるのは最後の一文である。
 この点は117頁下部の「調査レポート*7」に、

似たような怪談に、ある宿にあらわれた/おんぶ幽霊の話がある。宿に泊まろうと/した男の背後に血まみれの女の幽霊がい/るのを、宿の主人の息子が目撃した。後/日、その男は女を殺した殺人犯だったこ/とがわかるという話だ。*8

とあって、「1890年代」と云うのはこの「似たような怪談」のことである。
 116頁下の「データ」にも、分類は「霊魂*9」、「危険度」★★、「場所」は「不明*10」、「特徴」は「自分を殺した人物の背中にあらわれる幽霊。/殺した本人には見えない。*11」そして「時代」は「1890年代~現代*12」となっているのだが、母親の幽霊が父親に取り憑いていることを幼い息子が指摘すると云うパターンはそこまで古くない。『日本現代怪異事典』の「おんぶ幽霊」項にも言及されていた、2018年8月19日付(36)に見た日本の現代伝説『ピアスの白い糸』に於ける大島廣志の指摘に拠れば、本書の粗筋にもあるような〈ケンカ〉による母親殺しと結末の〈父子の問答〉を備えた完成形が報告されるようになったのは1990年代の初め、それ以前の例は1986年に報告された例話のみのようである。すなわち「時代」は「1980年代~現代」として置けば良かったのである。
 もし「ある宿」の話を含めるとすれば、当然そこに9月18日付(121)等に触れた、堤邦彦が「「幽霊」の古層」等で問題にしているような、江戸時代以来の、殺人犯が逃亡中に泊まった旅館で、女中から自分では気付いていない連れの存在を指摘され、人体を確かめると自分が殺した男だった、と云うパターンとの関連も考慮されるべきであろう。「ある宿」の話、すなわち「蓮華温泉の怪話」は、血まみれの女が子供だけに見えたと云う他は、堤氏の命名する「「お二人様」怪談」のパターンに重なる。従って、ここは潔く父親の母親殺しの話型に絞って置くべきだったと思うのである。
 かつ、当ブログで縷々考証したように、「ある宿」の話すなわち「似たような怪談」が「1890年代の明治時代にも‥‥噂されていた」かどうか、分からない。記録の上では昭和3年(1928)が初出で、そのときは大正3年(1914)のこととされていた。それが、昭和5年(1930)に同じ著者が単行本『山の傳説』に収録するに当たって明治30年(1897)と改めたので、私はこれは岡本綺堂「木曾の旅人」から思い付いて創作したのだろうと思っている。近々山岳関係の資料を補足して再検討するつもりである。明治25/26年とする資料は昭和31年(1956)に『山の傳説』から剽窃して雑誌に投稿した人物が改めたのだが、改変の根拠は不明で、信拠するに足りないと云う他はない。(以下続稿)

*1:ルビ「ゆう れい」。

*2:ルビ「ちち おやせ なかはは おやゆう れい」。

*3:ルビ「ころ・ははおや・ゆうれい・せ なか/ぜんこく・つた・ゆう/めい・かいだん」。

*4:ルビ「ち いき・ふう ふ・ひ と りむす こ/にん か ぞく・ひ・ふう ふ//おっと・つま・ころ・おっと・つま/し たい・ゆかした・むす こ・かあ/とお・で」。

*5:ルビ「/むす こ・ちちおや・ゆび さ/かあ/き・ころ・つま・ゆう/れい・おっと・はい ご/」。

*6:ルビ「かいだん・ふる・つた/ねんだい・めい じ じ だい・に/かいだん・うわさ」。

*7:ルビ「ちょう さ」。

*8:ルビ「に・かいだん・やど/ゆうれい・はなし・やど・と/おとこ・はい ご・ち・おんな・ゆうれい/やど・しゅじん・むす こ・もくげき・ご/じつ・おとこ・おんな・ころ・さつじんはん/はなし」。

*9:ルビ「れいこん」。

*10:ルビ「ふめい」。

*11:ルビ「じ ぶん・ころ・じんぶつ・せ なか・ゆうれい/ころ・ほんにん」。

*12:ルビ「ねんだい・げんだい」。