瑣事加減

2019年1月27日ダイアリーから移行。過去記事に文字化けがあります(徐々に修正中)。

赤いマント(220)

・朝里樹 監修『大迫力! 日本の都市伝説大百科』(3)
 11月23日付(211)の続きで、178~179頁「赤マント」項の内容を確認して置こう。
 179頁の上部に青い明朝体でごく大きく「赤マント*1」とあり、その下にやや大きく「子どもをさらう夕暮れどきの怪人*2」その下に青い横線があり、左右2列にゴシック体白抜きで紹介文。

 赤マントは、1930年代から噂さ/れる、赤いマントをはおった怪人で/ある。赤マントは、夕方になるとい/ろいろな町にあらわれて、子どもを/さらっては命をうばっていたとい/う。1930年代には、赤マントをつ/かまえるために警察や軍隊が動いた/ことがあったようだ。夕方の町だけ*3【左】でなく、小学校の地下室やトイレに/あらわれるといった噂もある。*4
 学校のトイレにあらわれる場合/は、「赤いマントはいらんかい?」/と声が聞こえ、それに「いる」と答/えると背中をナイフでさされたり、/トイレの下から手が出てきて背中を/ひっかかれたりするという。*5


 「軍隊が動いた」と云う話は11月26日付(213)に引いた朝里樹『日本現代怪異事典』の「赤マント」項にも言及されているように松谷みよ子『現代民話考7』に見えているが、「ようだ」を付け足したとしても「ことがあった」と書くのは問題がある。当時の新聞報道にもその事実はなく、そもそも赤マント自体が流言なのだから、そんな大袈裟にするはずがないのである。いや、元になった北川幸比古の話では「あちこちに死体があって軍隊、警察がかたづけたという」のだから「つかまえるために」動いた訳ではないのである。何故変えてしまったのだろうか。いや、警察が「動いた」ことは事実だが、そもそも「あちこちに死体があ」ろうはずもないのだから「かたづけた」訳ではなく、流言を抑えるために巡回等の活動を行っていたのだった。
 小学校の「地下室」と云うのは、11月30日付(217)に見た、大阪市の松ヶ枝小学校の例であろうが、「マントを着た男の人が出るといわれ」ていた、とのことで、色の指定もなく、ただの変質者情報の可能性も高い。これだけ刈り込んだ中に、不確実な要素が少なからず残ってしまったのは、少々いただけない。
 本書は当ブログを活用していない訳だけれども、下手に当ブログの記事を使用してあらぬことを書かれ、かつそれによって他人に商業出版の利潤が生じると云うのはどうもモヤモヤする。いや、お前じゃ商業にならんだろうと云う突っ込みは甘受する所存だが(笑)それなら稿料は要らないので、同じことなら私に書かせて欲しいと思っているのである。
 178頁下に「データ」として5項、分類は「怪人*6」、「危険度」★★★、「場所」は「道や学校のトイレ*7」、「特徴」は「赤いマントをはおっている。夕方になるとす/がたを見せる。*8」、そして「時代」が「1930年代~現代*9」。
 「調査レポート」はない。(以下続稿)

*1:ルビ「あか

*2:ルビ「ゆう ぐかい じん

*3:ルビ「あか・ねんだい・うわさ/あか・かいじん/あか・ゆうがた/まち・こ/いのち/ねんだい・あか/けいさつ・ぐんたい・うご/ゆうがた・まち」

*4:ルビ「しょうがっこう・ち か しつ/うわさ」。

*5:ルビ「がっこう・ば あい/あか/こえ・き・こた/した・て・で・せ なか/」。

*6:ルビ「かいじん」。

*7:ルビ「みち・がっこう」。

*8:ルビ「あか・ゆうがた/み」。

*9:ルビ「ねんだい・げんだい」。