瑣事加減

2019年1月27日ダイアリーから移行。過去記事に文字化けがあります(徐々に修正中)。

池内紀『記憶の海辺』(1)

池内紀の居住歴(4)
 池内氏が雑司ヶ谷に住んでいた時分に、西口彰の老弁護士殺しがあったらしい、と気付いたから、と云う訳でもないのだが、池内氏の雑司ヶ谷を始めとする東京での居住地を確かめて見るような按配になった。尤も、私は池内氏の読者ではなかったので、5月6日付「池内紀「雑司が谷 わが夢の町」(1)」に挙げた2冊しか見ていなかった。他の著書にも記述があるだろうと思いつつ、そのままになっていたのだが、今月になって3冊めとして、次の本を借りて来た。
池内紀『記憶の海辺 一つの同時代史2017年12月5日 第1刷印刷・2017年12月15日 第1刷発行・定価2400円・青土社・355頁・四六判上製本

 私は何年か前に、当時の職場から山手線内の図書館に通うのに荒川線を利用していた。と云って、1~2ヶ月に1度くらいだったけれども、池内氏の住んだ界隈を当時通っていたのである。
 それから、中公新書2023『東京ひとり散歩』にもあったけれども、池内氏が上京前に住んでいたのが兵庫県――姫路市出身なのである。
 私も、一応播州の生れで、と云って2020年1月2日付「在阪ラジオ局の思ひ出(1)に述べたように生後43日で既に単身赴任していた父の後を追って関東に引っ越してしまったから何の記憶もないのだが、その後、小学3年生から5年生までの3年間、明石市に住んだから、あの辺りの風土を全く知らない訳ではない。高校の3年間は播州ではないのだけれども同じ兵庫県立の高校に通ったから、池内氏の通った旧制中学以来の伝統を誇る進学校とはまるで違う、妙な学校だったけれども池内氏の記述を読んでも何だか懐かしいような気がして、かつ図書館に入り浸って女性の司書に親炙していたと云うのも2017年5月15日付「高校図書館」及び2016年7月18日付「小林信彦『回想の江戸川乱歩』(12)」に述べた、私の高校図書館体験に何となく重なるような気がするのである。――本書にも触れてある『ちくま文学の森』がちょうど刊行中で、岡本綺堂の短篇を初めて読んで拒否反応を起こしたのも、やはりこの高校図書館だったのである。
 世代的にも、池内氏は私の母と同年・同学年で、私の父も旧制中学だった進学校に、池内氏より3学年前に入っていて、本書に出て来るのと似たような話を、聞かないでもない。いや、僅かな共通点なのだけれども、少しでも似通っているように思えると他が大きく異なっていても共通点の方に集注してしまう。
 そんなこんなで、標記の件について、出身地から辿ってみようと云う気になったのである。(以下続稿)