瑣事加減

2019年1月27日ダイアリーから移行。過去記事に文字化けがあります(徐々に修正中)。

『「超」怖い話』(3)

竹書房文庫『「超」怖い話†(クロス)』(2)
 昨日の続き。今回は「はじめに」の3頁13行め~5頁5行め及び「おわりに」の201~203頁の、本書の刊行と新作の追加についての記述を見て置こう。
 3頁13行め~14頁6行め、

‥‥、竹書房の小川さんよりご連絡をいただいたのは、今年の春のことであ/る。
 小川さんは、過去、勁文社によって刊行された本シリーズの全話をコンプリート/【3】し、竹書房より出版することを悲願とする熱心な編集者である。彼女は私に、かつ/て私と蜂巣君が執筆した原稿を再編集し、新たな『「超」怖い話』の一冊として出版/することを提案した。
 異存はなかったが、問題がひとつあった。
 私と蜂巣君の原稿のみでは、一冊にまとめるだけの分量に満たないのである。新/刊として発行するには、新たな書き下ろしが必要だった。


 7~8行め「十年以上/も現場を離れている自分が新作を書くこと」には、10行め「大して意味はない」けれども、201頁3~4行め「最初の版元の倒産により埋もれてしまった作品を、再び世の中に送り出したいと/いう思い」は安藤氏にもあり、5~6行め「十四年間の歳月をへることで、私の中に、語りたい怖い話がいくつか蓄積/されており、それなりに準備ができていた」。そして4頁15行め~5頁1行め「新編の執筆が開始され、旧作と併せて再構成され、本書ができあがった/次第」なのである。いや、「はじめに」でも「おわりに」でも、安藤氏は、5頁2行め「三十歳の半ばを過ぎてこの方」201頁8行め「心霊現象や怪奇現象にとんとご無沙汰な人になってしまったこと」を7行め「何よりも大きな理由」に挙げているのだが、この感覚は私にはどうもよく分からぬので、これ以上深入りしないで置く。
 続いて「新規の書き下ろし分」にはその旨断り「旧作」にはケイブンシャブックス版と勁文社文庫21版の収録位置を添えた細目を示そうと思っていたのだけれども、準備が追い付かなかったので今日はここで切り上げる。(以下続稿)

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 ところで、Wikipedia「超」怖い話」項を見ていてふと思い出したことがある。――私は、たった1度だけ商業誌に寄稿したことがあるのだが、5月連休の合間だったか、当時勤務していた女子高の帰り掛けだったが、都内某所で編集者と、これもたった1度だけ対面で打合せをしたのである。そのとき、私が女子高勤務だと云うところから、学校の怪談の話題が出て、――公立中学校の教員で怪談を書いている人がいて、生徒に聞けば、子供は大概怪談好きだから無尽蔵に材料を得られるかに思って、教え子に書かせてみたところが、ありきたりの話ばかりで全く使えなかった、と云う話を編集長が私に振って来たのだが、私は「そんな当り前のことを‥‥」と思ったが呑み込んで、適当に話を合せて置いたのである。所謂「学校の怪談」にしても全国に似たような話ばかりある。中学生なんて大したことでもないことを怖がったり、妙に不自然な展開やどぎつい場面にキャーキャー言ったりするレベルなのだから、そんな、怪談を書いて出版社に売り込もうと云う人を満足させるような話がホイホイ出て来る訳がないのである。いやむしろ、全国に似たような話ばかりだから面白いんじゃないか、と思っていたのである。今でもそう思っている。話の内容なぞ大して面白くなくっても構わない。それで何がいけないのか。
 結局、互いに波長の違いを感じたものか、その雑誌との縁はそのまま切れてしまって、別に惜しいとも思わない。やはり、何か違ったのである。私の方はその後、当ブログを始めて、売り込み出来そうな記事や材料がない訳ではないが、私は最近いよいよ怪談を面白がるような感覚になれないので、こちらから売り込みを掛けようとは思えない。向う岸にいる人たちのような感じがするのである。向うもそう思っているから、声を掛けて来ないのだろうけれども。
 それはともかく、そんなことを思い出したのは Wikipedia「超」怖い話」項にその人の名前があったからなのだが、今検索しても元教員だったことがヒットしない。だから名前は伏せて置くが、その人はその何年か後に『学生怪談』と云う本を書いているからやはり記憶違いではなさそうだ。何年もやっているうちには、それなりには話も集まるのであろう。