瑣事加減

2019年1月27日ダイアリーから移行。過去記事に文字化けがあります(徐々に修正中)。

山本禾太郎「東太郎の日記」(38)

 現在の連合の源流になる、鈴木文治(1885.9.4~1946.3.12)が設立した労働運動団体・友愛会とその機関誌「労働及産業」については、少々込み入っているので詳細は割愛して、差当り山本禾太郎の処女作と思しき小品が掲載されている号とその前後について、見て置きましょう。もちろんまだこの筆名は用いておらず、本名の山本種太郎での投稿です。
・「労働及産業」第七卷第五號/通卷第八十一號/五月號(大正七年 四 月廿八日印刷納本・大正七年 五 月 一 日發  行・定價十五錢・友愛會本部・68頁)
 50~52頁に「文壇」欄なる投稿欄があって、52頁は「〈勞働文藝〉懸賞/友愛俳句」で、50~51頁にはそれとは別に短文6篇と、短歌が3人で合計10首掲載されております。50頁上段「」の字型の飾り枠の中に「文  壇」とあって、2~7行め、

 ▢規  定
△文章、和歌、俳句等。*1
△但し頭でこね上げたものよりも眞に胸の 底から湧き出たものを採用する事。*2
△賞與 一等(二圓)、二等(一圓)、三等(五/ 十錢)、佳作(書籍)*3

とあるのですが、8行めに「【賞外】」とあるように、52頁に別立てで選ばれている俳句以外は、全て賞与の対象外なのです。
 その最初に掲載されているのが、9行め中央やや上に「土曜日の夜」と題して、10行め「兵庫支部 山本種太郎 」と下寄せ、続いて11行め~中段11行めの本文を見て置きましょう。

 氣の小さいYには、土曜日の夜がなか〳〵/に寢就かれなかつた。*4
 彼は道具檢査日と定められた土曜日の退/場前に借用道具の返戾を忘れたのである。/寝床に入つてから思出した彼は、去年一度臨/時借用道具の錐を返すことを忘れて若い技/師から叱責せられたことが新しく思ひ出さ/れた。事務所のテーブルの前に油に煮染ん/だナツパを着た貧弱な自分の立姿やテーブ/ルの上に置かれた錐や「お前はよく飯を食ふ*5/【上段】ことを忘れないネ」と皮肉な冷笑を浮べた技/師の顏などが、まざ〳〵と眼前を往來した、/「アヽ明日は又あれを繰返されるのか」と思ふ/と無性に情なく思はれて一層明日は休もう/かとも思つた、すると何處かで「貴樣は意生/地なしだ、貴樣の過失ぢやないか甘んじて技/師の叱責を受けよ」と叫ぶものがあつた、そ/うだ己の怠慢だ明日は技師の叱責を甘んじ/て受けよう、そして再び此の過ちを重ねま/い、恁う決心すると彼は急に頭の輕きを覺/えた、そして快い夢路に入つたのである。*6


 毎号巻末に「◯新入正會員」もしくは「◯新正會員」を支部毎に挙げており、山本種太郎入会の記載もあるのではないかと思ったのですが、山本氏が入会したと思われる大正6年(1917)は新年號・八月號・九月號・十一月號の4冊しか国立国会図書館には所蔵されていないのです。大正5年(1916)は10冊、大正8年(1919)は11冊所蔵されており、大正7年(1918)は6冊ですが一月號から五月號までは揃っています。しかし山本氏の入会は載っていません。いよいよ大正6年の欠号になっているいづれかの号に出ているのだろうと思いつつ、念のため大正7年国立国会図書館に保管されているもう1冊、「労働及産業」第七卷第七號/通卷第八十三號/七月號(大正七年 六 月廿八日印刷納本・大正七年 七 月 一 日發  行・定價十五錢・友愛會本部・56頁)を見るに、50頁上段25行め~54頁「新 入 會 員」の53頁中段21行め「兵庫支部 (四十八名)」として37行めまで3段にして48名を列挙する中、33行めの2人め(35人め)に「山本種太郎」の名があるのです。既に五月號に投稿して採用されていたのですから「新入会員」として掲出されるのが随分遅くなった、と云うことでしょうか。
 もちろん同名異人の可能性もありますが。まぁそんなことを言い出したら「土曜日の夜」の山本種太郎が、山本禾太郎その人なのかも疑問になってしまいます。山本禾太郎の「新青年」懸賞小説二等入選後の第1作となった「童貞」にも通じる内容であるところからして、ほぼ間違いのないところでしょう。
 読者はこの「土曜日の夜」の主人公「Y」すなわち「山本」氏本人だろうと思って読んだことと思われますが、この「Y」には「童貞」の主人公「西田」に通ずるところがあるように思います。いづれ、その点についても検討して見ることとしましょう。(以下続稿)

*1:ルビ「ぶんしやう・ わ か ・はい く とう」。

*2:ルビ「たゞ・あたま・ あ ・しん・むね/そこ・ わ ・ で ・さいよう・こと」。

*3:ルビ「しやう よ ・とう・ゑん・とう・ゑん・とう/せん・ か さく・しよせき」。

*4:ルビ「 き ・ちひ・ ど えう び ・ よ / ね つ 」。

*5:ルビ「かれ・だう ぐ けん さ び ・さだ・ ど えう び ・たい/ぢやうまへ・しやくようだう ぐ ・へんれい・わす/ ね どこ・はい・おもひ だ ・かれ・きよねん・ ど りん/ じ しやくようだう ぐ ・きり・かへ・わす・わか・ ぎ / し ・しつせき・あたら・おも・ だ / じ む しよ・まへ・あぶら・ に じ / き ・ひんじやく・ じ ぶん・たちすがた/うへ・ お ・きり・まへ・めし・ く 」。

*6:ルビ「わす・ ひ にく・れいせう・うか・ ぎ / し ・かほ・がんぜん・わうらい/ あ す ・また・くりかへ・おも/ む しやう・なさけ・おも・いつそう あ す ・やす/おも・ ど こ ・ き さま・ い く /ぢ ・ き さま・くわしつ・あま・ ぎ / し ・しつせき・ う ・さけ/おのれ・たいまん・ あ す ・ ぎ し ・しつせき・あま・/う・ふたゝ・ こ ・あやま・かさ/ か ・けつしん・かれ・きふ・あたま・かる。おぼ/こゝろよ・ゆめ ぢ ・ い 」。