瑣事加減

2019年1月27日ダイアリーから移行。過去記事に文字化けがあります(徐々に修正中)。

中島京子『小さいおうち』(19)

・後悔する健史(2)
 昨日は『永遠の0』を持ち出して見たけれども、通読して細かく比較しようなどとは考えていないので、映画やTVドラマが地上波で放映されたら見るかも知れないが、中途半端な比較はこの程度に止めて置く。
 私の注意したいのは、健史が主人公布宮タキに放った暴言(?)について、何等反省していないということで、それはタキの没後も同じである。
 健史の調査は、まず、タキのノートに書かれずに終った「小菅のジープの話」を「軍治おじさん」から聞いてヒロイン平井時子夫婦の結末を突き止め、さらにヒロインの親友「睦子さん」がジャーナリスト・評論家「松岡睦子」であること、ヒロインの不倫相手「板倉さん」がカルト漫画家「イタクラ・ショージ」であること、そしてヒロインの息子「恭一ぼっちゃん」が存命であることを突き止め、平井恭一の許可を得てタキの遺品中にあったヒロインの未開封書簡を開封する。
 この、最後の最後に未開封書簡を開封して却って謎が深まった、というところが、たぶん、……味噌なのである。
 けれども6月15日付(12)「反省しない健史」に指摘したように、健史はこの謎解きを、実はノートの内容が当時の庶民の実感を反映したものだったのだ(作者はそれを狙って調査して書いたはず)ということを遅ればせながら知って、反省してちょっと勉強して見たとかいう動機で始めていない。最終章2、単行本281頁7〜10行め・文庫版300頁1〜4行め

 僕自身が、絵本作家志望だった当時の彼女とも別れ、大学を卒業し、一人、就職のた|めに上京/することになって、部屋の整理を始めたときに、ようやくそれを読むことにな|った。荷造りが面/倒くさかったのと、東京、東京と、やたらに書いてあるから、どこか|でひっかかって読む気にな/ったのだろう。


 晩年のタキと一番親しかったという成り行きで引き継いだ遺品の、特に「健史にやってください」とのメモ*1もあった、生前途中まで読んでいたノートの全部を、自分が就職のために上京するに際して何となく通読したというまでなのである。その続き、単行本281頁11行め〜282頁1行め・文庫版300頁5〜13行め、

 大伯母が亡くなる前に、続きを催促しなかったことを、どうやら僕は悔いているらし|い。それ/にしても、大伯母は、いつごろから、僕にノートを隠すようになったのだったか、|そしてそれは、/いったいなんのためなのか。ほんとうのところは、僕にもわからない。
 僕はいつも、失くしたもののことばかり悔いている。あれやこれやと、後悔ばかりが|胸をよぎ/る。ひょっとしたら、大伯母からどういう経緯でか、遺伝した性質なのだろう。
 大伯母の「心覚えの記」は、中途半端に終わっていた。
 小さいブリキの、進駐軍ジープの話をしよう。
 そう書かれた一行を最後に、尻切れとんぼのままだ。書く気がなくなったのか、書け|なかった/のか、死が時間を奪ったのか。


 ヒロインの「秘密」の曝露、というだけでも「隠す」理由としては十分だろう。それに健史は、タキのノートの最後の方でも、相変わらずなのだ。第七章7、単行本257頁4〜10行め・文庫版275頁13行め〜276頁4行め、

 それで、戦争はどうなってたの?
 健史は不満げに口を尖らせた。
「おばあちゃんの話には、戦争のことが何一つ出てこないじゃない。ものすごいことに|なってた/んでしょう? レイテ沖海戦で海軍は壊滅的な打撃を受けるんだよね? もう|神風特攻隊も出陣/してるよね? フィリピンは敵の手に落ちるわけでしょう? 硫黄島|のことは知ってたわけ?」
「戦争のこと」と健史は言うけれども、それは正しくは「兵隊さんのこと」とか「海軍|のこと」/とか「戦闘のこと」とかなんとか、言うべきだ。


 タキの抗弁(?)はもう少し続く(単行本257頁16行め・文庫版276頁10行めまで)が、引くに及ばないだろう。読者に対する説明みたいなものでしかないし。――それにしても、何という頭の悪さだろう。別にタキでなくとも女中にこんなこと聞いてどうする、と突っ込まざるを得ない*2。とにかく、以前指摘したように初めからこの調子で、まるで成長が見られない。読まされるたびに自分が毎度こんな風に頭の悪い噛み付き方をするもんだから、それこそ「おばあちゃん」は「面倒くさ」くなってしまって、自分に見せなくなっちゃったんじゃないか、くらい、思い当っても良さそうなものだ。(以下続稿)

*1:単行本281頁3行め・文庫版299頁15行め。このメモをタキがどの時点で書いたのか、が問題だけれども、これも推測のしようがない。

*2:6月19日付(16)で取り上げた、タキの「自分史」という言葉を使った女性編集者への攻撃を思い出す。単行本14頁1〜4行め・文庫版16頁12〜15行め「‥‥わからないで困る。字面から考えれば、|自分の/歴史、ということになるのだろうけれども、自分の歴史など書きたくはない。な|んだろう、自分/の歴史なんて。日本とか、イギリスとか、明治とか江戸時代とか、そう|いうものだろう、「の歴/史」をつけてもいいのは。」。口に出していないだけ、健史よりは表面的にはマシではあるけれども、ある意味陰湿だ。――「遺伝」ではないが、確かに似ているのかも知れない。