瑣事加減

2019年1月27日ダイアリーから移行。過去記事に文字化けがあります(徐々に修正中)。

山本禾太郎「第四の椅子」(16)

讀賣新聞社「本社五十五周年記念懸賞大衆文藝」(16)
 次に、時代小説としては2番めに高い評価を得たものの惜しくも次点に終わった岡戸武市「不戰時代」の選評を見て置きましょう。
 既に11月27日付(11)の12月1日付追記に述べたように、昭和3年10月20日付の「大衆文藝/豫選結果」の「八名」のうちには「岡戸武平」と見えていましたが、この昭和3年12月11日付の発表記事では全て「岡戸武市」になっています。岡戸武平(1897.12.31〜1986.8.31)は大阪時事新報では平井太郎江戸川乱歩)の後輩記者で、後に小酒井不木(1890.10.8〜1929.4.1)の助手となり、没後、改造社版『小酒井不木全集』の編纂に従事しました。この辺りの事情は江戸川乱歩『探偵小説四十年』等に記述があります。
 さて、当初本名「岡戸武平」で応募したのを変更したのか、初めから本名を少し捻った「岡戸武市」で応募していたのに本名と紛れて「岡戸武平」で予選通過が発表されたのを訂正させたのか、とにかく岡戸武平に違いないと思うのです。岡戸氏には『全力投球―武平半生記―』(昭和58年12月31日発行・10000円・中部経済新聞社)という自伝があるので、この懸賞について記述があるのかどうか気になるところですが、国会図書館大学図書館には所蔵がなく岐阜県図書館と三重県立図書館に所蔵されているのみのようです。日本の古本屋にも現在在庫がありません。しかしながら、小酒井不木に関する部分を中心として、8月31日付「山本禾太郎『小笛事件』(1)」にて触れたmole la mort(1969.7生)のブログ「奈落雑記」の2009/01/07「全力投球 ―武平半生記― (第一話)」(記 2003/12/16)から2009/01/07「全力投球 ―武平半生記―(第七話)」(記 2004/1/12)まで、紹介されていました。と同時に図書館に殆ど所蔵されていない理由もこの記事(第一話)冒頭の「エロ街道まっしぐら、全力投球ってそっちかよ、って感じの、岡戸武平の艶聞告白記です。元々、「私の性歴」というタイトルで新聞に連載されたのを単行本にまとめたものだそうで。」という紹介から明らかです。
 残念ながら、やはり「不戦時代」や讀賣新聞の懸賞に応募したことについて記述があるのかどうか分からないのですが、2009/01/07「全力投球 ―武平半生記―(第三話)」(記 2003/12/19)に、

 小酒井不木からの月給のお陰で生活も安定した岡戸武平、ちょうどその頃恋人のT子が療養所を退所させられる事になり、それを機に結婚します。仲田というところに一軒家を借り、使用済みコンドームを川に流して処分したり、隣家の年増の襲撃をかろうじて避けたりしながらも、平穏な日々を過ごしていました。が、そこに悲報が舞い込みます。

とあって、「悲報」というのは昭和4年(1929)4月1日の小酒井不木の死なのですが、ここで注目したいのは「仲田というところに一軒家を借り」です。11月23日付(07)でも見たように応募者の「岡戸」氏の住所は「名古屋市東区千種町仲田一九」でした(現在の愛知県名古屋市千種区仲田)。すなわち昭和3年(1928)当時の住所からしても「岡戸武市」は岡戸武平の筆名と断定して良かろうかと思うのです。
 前置きが長くなりましたが、選評の紹介に移りましょう。
・岡戸武市「不戰時代」
 白井喬二の選評(80点・1位)

 ―岡戸武市氏の「不戰時代」は、七代將軍家繼の/薨去を中心とした所謂相續異變を/書いたものであるが、現はれて來/る主要な人物が、その雰圍氣の中/で劍法を用ひざる戰ひを打ち交し/てゐるところは、不戰時代即ち戰/爭以上といふ事になるのであらう/地の文は健全で極めて氣持よく伸/びてゐる。所々に、「軍國主義か/らいへば」とか「元禄時代は日本の/文藝復興期で」などゝ、唐突な調/子を用ひて脅かすのは、一種の社/會批判を試みやうとする意圖が窺/はれて面白いと思つた。ジヤズ的/文章とでもいふのであらう。


 吉川英治の選評(74.4点・5位)

 史上、世繼問題で八代將軍に反/感をもつたやうに傳へられてゐる/徳川宗春を扱つた「不戰時代」は取/材の目つけ所がちよつと面白いと/感じた。この人の筆は鈍重ではあ/るが滑稽味があつて部分的には輕/く面白く讀める。然しこの作品の/組織の上から主人公の宗春の全輪/廓がもつと明瞭な個性になつて書/かれて居ない事は非常な缺點では/ないかと思つた。どうしても彼の/個性がまるぼりに出なければこの/作品は生きて來ない。それと、史/實に拘束されて自由な空想が扱ひ/きれずにある點と、吉宗の描寫や/個々の會話などに時々困つたとこ/ろがあるのは惜い。‥‥


 甲賀三郎の選評(70点・5位)

 「不戰時代」
     岡戸武市君
 將軍繼嗣の爭ひによる紀尾二藩/の暗鬪をテーマとせるもの。新味/のあるのを取る。但し筆力が伴は/ないのが遺憾である。


 寺尾幸夫の選評(70点・3位)

四、「不戰時代」岡戸武市作。劍を/抜かないところがいゝ。書きなれ/たものであるが新聞としては少し/足が〓過ぎる。


 三上於菟吉の選評(70点・3位)

不戰時代」 ちよいとふざけたと/ ころありて、そこが心を惹く、


 大体の内容は白井氏・吉川氏・甲賀氏の選評からほぼ窺うことが出来ます。
 昨日改行位置を「|」で示すと断ったのに「/」で入力してしまいました。今回は直す必要を感じないのでそのままにして置きます。(以下続稿)