瑣事加減

2019年1月27日ダイアリーから移行。過去記事に文字化けがあります(徐々に修正中)。

田辺貞之助『江東昔ばなし』(6)

・田辺氏の家族の生歿年(3)
 12月27日付「田辺貞之助『女木川界隈』(5)」の続き*1
・姉(2)
 12月27日付「田辺貞之助『女木川界隈』(5)」に「姉は1人しか登場しない。」と書いた。しかし、「江東の女たち」の節の「お直ちゃん」に、このお直ちゃんと云うのは今で云う性同一性障害の青年なのだが、次のようにあるのを見て、少々自信がなくなってきた。179頁16行め〜180頁4行め(並製本201頁11〜15行め)、

 お直ちゃんには何もきまった仕事がないようで、いつもぶらぶらしていた。よく私の家の台|所口【179】へ来て、「おばさん、おむすびちょうだいな」とねだった。母がおむすびを握ってやると、|*2入口の/柱にもたれてたべながら、「あたい、おばさんとこのお春ちゃんと同級生だったのよ」と|いった。/この姉は私の兄弟たちの総領で、私が十歳ぐらいのとき嫁にいったが、お直ちゃんか|ら同級生だと/いわれるのを非常にいやがっていた。だが、同級生だったことは事実らしい。


 先に見た、大正6年(1917)、田辺氏が、70頁3行め(並製本80頁3行め)「中学の一年生」のときに嫁に行った姉とは別人のようである。
 しかしながら、「改葬のなげき――あとがきにかえて」に、先祖代々のお寺に、188頁13〜15行め(並製本212頁1〜4行め)、

‥‥、大ぶりの墓をつくって三つ|の墓をひとつ/にまとめようということになった。三つの墓とは、私の家と分家の家と姉の家と|三つの墓があった/からである。だが、分家と姉の家は死に絶えてしまって、長年私が守りをし|て来たのだった。

とあり、190頁1〜6行め(並製本213頁9〜15行め)、改葬前のこととして、

 老いの寝覚めというのだろうか、この二、三年、よく丑三つごろに目が覚めて眠れなくなる|こと/があった。そんなとき、私は年頃になるやならずで死んだ可愛い妹や、恍惚の人になって|何が何や/らわからずに死んだ母や、大いびきで眠ったままふたたび目をさまさなかった父や、|お産のあとで/子癇という病気であっけなく死んだ姉や、長い後家生活の末に鬱病で死んだ分家|の小母さんなど、/私が死に水をとった人々のことが、走馬灯のように頭のなかを去来し、それ|がみんな自分の責任だ/ったように思われて胸がいたみ、朝までまんじりともできないことがよ|くあった。

とあるのを見ると、やはり(成人した)姉は1人で「十歳ぐらいのとき」と云うのは大雑把な見当で述べているように思えるのである。もちろん断定は出来ないが、ここに新たに生じた疑いについてメモして置く。
・妹
 「改葬の嘆き」にも見えているように、妹は若くして死んでいる。年齢が分かる記述は2箇所、まづ「関東大震災」の節の、85頁11行め(並製本16行め)に「七歳になる妹」と見える。それから「江東のミステリー」の節の「お稲荷さまの執念」に、48頁13〜14行め(並製本55頁6〜7行め)「‥‥。ところが、昭|和五年に/妹が病気になった。‥‥」そして49頁15行め(並製本56頁10行め)「‥‥。妹はその年の秋、十四歳で死んだ。‥|‥」とある。同じ件について述べた『女木川界隈』の「お稲荷さま(一)」では年を特定せず、死亡の時期も72頁2行め「 それかあらぬか、妹は秋になるとますますおとろえ、春もまたずに死んでしまった。」と曖昧であった。
 それはともかく、関東大震災大正12年(1923)9月に7歳、そして昭和5年(1930)秋に14歳、満年齢で大正4年(1915)秋から大正5年(1916)8月までの生れ、数えとすれば大正6年(1917)生である。
 「江東の女たち」の節の「餅肌」に、174頁10〜15行め(並製本195頁14行め〜196頁5行め)、近所のペンキ屋について、

 そこのとし子という娘が私の妹と同級生で、一緒に神田のほうの女学校にはいったので、妹|は私/に、とし子は母親に付き添われて、入学式へいった。そして帰りに、神田の通りをぶらぶ|ら歩いて/いると、ペンキ屋の神さんが、「だいぶ喉がかわいたわね、そこいらでお茶でも飲みま|しょうよ」/といって、小川町の近くのカフェへはいった。
 昭和四年の春だったが、当時は喫茶店ともレストランともつかないカフェという小店が東京|中に/ちらばっていた。女給がうろうろしていて、あわよくば客の膝へすわりそうな物騒なのも|あった。

とあって、昭和4年(1929)春に高等女学校入学とすれば昭和4年度に満13歳になる勘定だから、妹が生まれたのは大正5年度である。満年齢の勘定で大正5年(1916)4月から8月、数えとして大正6年(1917)1月から3月の間に生まれた勘定になる。(以下続稿)

*1:2017年1月16日追記】投稿当初、引用に並製本の位置を示していなかったのを追加した。改行位置は「|」で示した。

*2:2017年1月16日追記】この行末の読点は半角でぶら下げずに詰める。