瑣事加減

2019年1月27日ダイアリーから移行。過去記事に文字化けがあります(徐々に修正中)。

小池壮彦『怪談 FINAL EDITION』(14)

 3日前からの続きで第十七話孤独死」について。
 その後「読売新聞縮刷版」〈2004/平成16年〉6月号を見に行く余裕がないので「今月一日」の記事が何日付の紙面に出ているのか、まだ確認出来ていないのだけれども、それは確認し次第補うことにして、ひとまづここで疑問点につき私の解釈を示して置きたい。
 本書には『異界の扉』にあった怪異現象、24頁5行め「‥‥、人魂が飛んでいた。」がない。それから最後、新聞記事を引用してのコメント、27頁1行め「やはり幽霊が出ていたらしい。」もなくなっている。
 一方で、『異界の扉』24頁6行め「二階の部屋の窓から、だれかが覗いていたと思うんです。でも、‥‥」と曖昧だったところが、本書では55頁8〜9行め「二階の部屋の窓から人|が覗いているのを見た。」と断定されている。
 この違いは何なのだろうか。私が小池氏に好感を抱いていたのは、その前期の著述に感じられた考え方、それは2013年4月12日付「常光徹『学校の怪談』(003)」に引いた発言に端的に窺えるが、どうも『異界の扉』辺りから傾向が変わって、2016年8月30日付「広坂朋信『東京怪談ディテクション』(1)」に述べた如く「最近情緒纏綿たるエッセイストのようになってしまった」ような按配に感じられるようになったのである。ここの書き換えは、要するにこの事件(?)に対する小池氏の解釈が変わって来たことを反映しているのであろうが、しかし核になる部分、すなわち、何があったのか、と云うところまで書き換えられてしまっていることが、何とも解せない。
 本書では、『異界の扉』には登場しなかった55頁10行め「不動産屋」が登場する。そして、水野氏本人や小池氏が見て24頁11行め「女の子がひとりで住むようなアパートではない」と判断したのではなく、本書55頁10〜11行め、「不動産屋」に「女性|の一人暮らしには向かないと言われた」ことになっている。
 初め、ここが不可解だった。2月4日付(13)に引いた新聞記事に、58頁15行め「ここ二十年くらい人けがなかった」とあって、事実、58頁12〜13行め「遺体は二十年間、誰|にも気づかれなかった」のである。すなわち20年前から空き家だったと思われるので、そんな建物を地元の「不動産屋」が、つい2年か3年前に大学生が尋ねて「女性の一人暮らしには向かない」と返答したと云うのは何とも奇妙である。
 尤も、「不動産屋」が登場しない『異界の扉』にしても、新聞記事にある通り、水野氏が見付けるより相当以前から廃屋だったのだとすれば、窓硝子が破損していなくて見た目、荒れ果てていなくても、昼間であっても洗濯物が窓際に吊ってあるとか、そういう生活感は外から眺めただけでも分かりそうなものである。それなのに「家賃が安そうなので」大学生の女子が「ここを借りようと思った」と云うのも、奇妙と云えば奇妙だ。尤も、どういう経路か分からないが、恐らく自ら小池氏に連絡して取材を受けているのだから、当時小池氏が連載を持っていた「ムー」の読者かも知れず、2月3日付(12)に引いた体験談からしても、建物の古さ、不気味さが余り気にならない性格なのかも知れない。
 それはともかく、こうして付き合わせて検討していくうちに、――小池氏は当初、新聞記事に出た「近所の男性会社員の話」を、『異界の扉』27頁1行め「やはり幽霊が出ていたらしい」と解釈していた。しかし、本書では、水野氏がこのアパートを見付けた頃、すなわち「三年くらい前には」本当に人の出入りがあって、それで「不動産屋」が「女性の一人暮らしには向かない」と答え、そして「急に部屋に明かりがついたり」するのが目撃されたのではないか、と解釈を変えたので「幽霊」云々を削除し「二階の部屋の窓から人が覗いているのを見た」と断定的に書いたのではないか、と、私の解釈も変わってきた*1。そうすると、例の『新耳袋』の「山の牧場」みたいな事例*2と云うことになるのかも知れない。――これも昔の、例えば『幽霊は足あとを残す』の頃の小池氏なら、その「不動産屋」に行って確かめたろうと思う。小池氏が現場を見たか、或いは話を聞いたかした時期は取り壊される半年前、白骨遺体もまだ見付かっていなかったのだから、「不動産屋」に誰も住んでいないのか、出入りしている人はいないのか、空き家ならもう何年になるのか、土地に興味があるのだが所有者は誰で、管理はされているのか、程度の質問をしても良さそうに思われるのだが、……しかしこうした取材を巡る環境も『幽霊は足あとを残す』の頃とは急速に大きく変化してしまったのかも知れない。ただ、そういう制約が仮にあったのだとしても、最近の小池氏の突っ込み不足、そして書いていることのブレ、それがどうも解釈に合わせて書き換えてしまっているらしく思われることが、何としても気になってしまうのである。(以下続稿)

*1:尤もこの場合、『異界の扉』に「不動産屋」を登場させなかった理由が分からない(当初、私は本書では以前に書いたものと突き合わせずに何となくうろ覚えのまま「不動産屋」と書いてしまったのだろう、と疑った。そしてまだ、その可能性を考えている)。そして明かりが付いたのは「白骨遺体」があったのとは別の部屋で、2月20日頃に死んだのだとすれば、乾燥して気温の低い時期であり腐敗臭を放つことなく干からびて、その後徐々に白骨化したのであろう。それにしても、この人物が死んだ当時、他に住人はいなかったのか、何故その当時、気付かれなかったのか、それとも住人ではなく既に空き家になっていたこのアパートに勝手に入り込んで、そして死んだので、誰にも気付かれなかったのか、……考えれば考えるほど謎である。【2月10日追記2月10日付(18)に引用した「朝日新聞」の記事により、この辺りの謎はほぼ解明された。

*2:私には全く怖いと思えないので余り興味がない。ただ場所は気になったので確かめて見た。