瑣事加減

2019年1月27日ダイアリーから移行。過去記事に文字化けがあります(徐々に修正中)。

赤いマント(154)

常光徹 監修山村浩二 絵『みたい! しりたい! しらべたい! 日本の学校の怪談絵図鑑』全3巻(定価2,800円・ミネルヴァ書房・32頁・AB判上製本
❶教室でおこる怪談(2016年2月1日 初版第1刷発行)

❷学校やトイレにひそむ怪談(2016年2月20日 初版第1刷発行)❸学校の七不思議と妖怪(2016年3月10日 初版第1刷発行) 各巻の32頁(頁付なし)奥付を見るに常光氏の担当は「監修・序文(2〜6ページ)」で、それぞれ❶「夜の学校と特別教室*1」❷「トイレの怪談*2」❸「七不思議と妖怪*3」と題しています。他は「文(8〜29ページ)  村上奈美」とあります。1頁(頁付なし)は扉、7頁は「もくじ」と「図鑑の見方*4」、30〜31頁に各巻共通の「全巻さくいん*5」という構成は同じ。
 私はこの手の本を評価しません。怪談の伝承には学校ごとに来歴や施設に大きな違いがあり、個々の学校にしても時代による変遷があり、そして話し手・聞き手である生徒たちを眺めても、周囲にこういう話が好きな、卒業生や上級生に兄姉のいる同級生、後輩を脅したがる部活の先輩、物好きな先生がいるかいないか、で、さらに細かい差が出るものなのに、この本を見たら、どこの学校の教室にもトイレにも、この図鑑に載っているような妖怪や幽霊が出没するもんだと思い込む生徒が出て来ることでしょう。一体常光氏はどこまで学校の怪談を荒らしまくれば気が済むのだ、と言いたくなってしまいます。常光氏の書いたものが実際に影響を与えていることは、2011年5月9日付「岩本由輝『もう一つの遠野物語』(6)」に実例により指摘したことがあります。――火山活動がすっかり収まっている西之島に未だに自由に上陸させないくらい、慎重に観察していこうと云う学者たちもいると云うのに。対象に直接働き掛けるようなことに学者の肩書きのある人は手を突っ込むべきでなく、こんな怪談なんぞについては以前から活動していたもっと如何わしい人たちに任せて、怪談好きの大人が合理的・非合理的のいづれかの理屈に走るのはまぁ仕方がないとして、児童生徒の世界はなるべく自由にさせて欲しいと思うのです*6。如何わしい人たちに任せられないと思っているのならその正義感こそ無用だと思うのです。中岡俊哉(1926.11.15〜2001.9.24)や平野威馬雄(1900.5.5〜1986.11.11)の本を読んでも、自分たちの学校に同じようなことが起こりそうだなどとは思いません。そんな権威ではないし、文面に滲み出ている灰汁の強さ、と云うか、文章から感じられる波長が、自分たちと違っているように感じられて、身近な感じを与えないからです*7。しかしこのシリーズの各巻の初めに常光氏が書いている解説風の文章を読むと、学者先生の権威で、何らかの画一化・均質化を図っているような気分にさせられるのです。そんなことをしてどうなるのか、と思うのですけれども、実際、常光氏は学校の怪談に手を突っ込み始めた頃からこうだったと思うのです。学者でありながらこういう本を出すことに対する弁明であったのでしょうが、そのような働き掛けは学界に対してすれば良いので、当の子供たちに意義の説明なんかしない方が良かったと思うのです。尤も、以前に比して「先生の権威」自体が低下しているから、そこまで強制力を持っていないかも知れませんが。
 個々の巻に収録されている話の内容を詳しく検討する機会は、また別にあるでしょうから、今回は「赤マント」に関する記述だけ拾って置きます。「全巻さくいん」にもちろん「赤マント*8」は出ており「❸ p20、p29」とあります*9
 まず20頁ですが、14〜27頁*10「学校にでる妖怪*11」の章で、14頁「花子さん*12」15頁「太郎さん*13」16頁上「三時ババ*14」中「四時ババ*15」下「十二時ババ*16」18頁「むらさきばあさん」19頁上「紙くればあさん*17」下「青ぼうず*18」20頁上「赤マント*19」下「黒マント*20」21頁上「ピエロ」下「妖怪ヨダソウ*21」22頁上「足売りばあさん*22」下「肩たたきばあさん*23」23頁上「百二十キロばあさん*24」下「ランニングベイビー」24〜25頁上「テケテケ」25頁下「ひじ子さん*25」26頁上「河童*26」下「池の主*27」27頁「ざしきわらし」以上21種、中にはポピュラーなものもありますが、特殊な例も少なくありません。こういうのを一緒くたにして、学校の便所などに普通に出るかのような書き方はしないでもらいたいのです。
 さて、問題の「赤マント*28」の説明は、丸ゴシック体横組みで、

学校のトイレにあらわれる妖怪です。赤いマントを/着ていて、ひとりできた子どもをさらってしまうと/されます。また、どこからか「マントはいらんか/い、赤いマントはいらんかい」ときこえ、「はい、/ください」と返事をすると、天井からナイフが落ち/てきてせなかにささり、せなかが赤いマントを着た/かのように真っ赤になるとする話もあります。*29

とあります。
 イラストはカバー表紙に選ばれている幾つかを見ても分かるように、色鉛筆で描かれており、頭巾の付いた赤マントを頭から被った、頭巾の影になった中に目だけが――丸い白目の中心に黒い瞳の見える怪人が、マントを翻しつつ、男児らしき子供をさらう場面です。脚には赤いタイツを穿いているようです。ともに後ろ姿で男児も頭髪、左耳、左腕が見えるのみ。このイラストは裏表紙見返しの遊紙側にも赤の背景に、赤及び白の単色で刷って使用されています。
 28〜29頁はコラム「怪談が語られつづける理由*30」で、前半は「妖怪がでる時間帯*31」の解説、そして後半の「怪談が子どもたちを守る?」に、赤マントが例として持ち出されています。これは学校に出る赤マントではありません。

 怪談には子どもたちをあぶないことから守る/側面もあるといいます。妖怪が、下校時間や夕/方にひとりでいる子どものところにあらわれる/のは、その時間帯にひとりでいるのがあぶない/からです。*32
 たとえば「赤マント」は、昭和初期に子ども/をさらう怪人として人びとのうわさになり、当/時の世間をさわがせました。実際このころには、/誰もしらないあいだに子どもがいなくなること/がありました。ひとりででかけて川やがけから/落ちるなどして事故死したり、実際にさらわれ/てどこかではたらかされたりと、子どもたちに/は危険がいっぱいだったのです。そのため、親/たちは、「人さらいにさらわれて売りとばされる/よ」などと子どもにいいきかせたといいます。/子どもたちを守りたいという大人の心は、現代/でも変わりません。子どもたちをあぶない目に/あわせないように、そして子どもたち自身があ/ぶないことから自分の身を守るために、怪談を/語り伝えるという面もあると考えられます。*33


 こちらは赤いマントを風に靡かせた、シルクハットを被った礼服の紳士が右手に子供の右手を取って左足を踏み出した後ろ姿のイラストが29頁(マントの裾の一部が28頁)にあり、20頁のイラストと異なっていますが、このシルクハットの人さらいのイメージは、2013年10月25日付(04)に引いた加太こうじ『紙芝居昭和史』に淵源するもののようです。
 さて、この説明ですがまさに物は言い様で、実際に赤マントが広まっていた頃には、2013年11月12日付(22)及び2013年11月13日付(23)に見た「やまと新聞」及び「萬朝報」の記事のように、むしろ「其のデマ伝播の蔭には市内各小学校及女学校の先生が子供の夜遊び警戒の意味からか雪女郎の手で子供に注意して居たこと」がある、と、子供を守るためと云うより大人の言うことを聞かぬ子供に、大人どころでなく怖い存在を提示して悪さをさせないため、と云う見当が示されていました。しかしラジオや新聞で否定しないといけないほど流行り、子供だけでなく成人女性も怖がったと云うのが実態の、40年後の「口裂け女」みたいなもので、短時日で東京中を席捲した勢いはむしろ「口裂け女」よりも凄まじかったので、怪談の教訓的側面の例として挙げるには、そぐわないと思うのです。
 なお、この『みたい! しりたい! しらべたい! 』シリーズでは「赤マント」は既に、2013年12月28日付(68)に取り上げた『日本の妖怪 すがた図鑑』に、学校のトイレに出る妖怪として見えていました。(以下続稿)

*1:ルビ「よる・がっこう・とくべつきょうしつ」。

*2:ルビ「かいだん」。

*3:ルビ「ななふしぎ・ようかい」。

*4:ルビ「ずかん・みかた」。

*5:ルビ「ぜんかん」。

*6:私が水木しげるの漫画が苦手なのも、そこを自由にさせてくれないからなのです。

*7:波長の合う児童生徒もいたでしょうけれども。

*8:ルビ「あか」。

*9:他の巻の常光氏の序文に「赤いマント」の出てくる話が引用されていることについても触れる予定でした。2014年1月12日付「赤いマント(82)」に引いた豊科小学校の例で、常光氏も2014年1月13日付「赤いマント(83)」にて扱っていました。しかしながら図書館にこのシリーズを返却してしまい今手許にないので、これについては別に取り上げることにします。

*10:17頁、26頁には頁付なし。

*11:ルビ「がっこう・ようかい」。

*12:ルビ「はなこ」。

*13:ルビ「たろう」。

*14:ルビ「さんじ」。

*15:ルビ「よじ」。

*16:ルビ「じゅうにじ」。

*17:ルビ「かみ」。

*18:ルビ「あお」。

*19:ルビ「あか」。

*20:ルビ「くろ」。

*21:ルビ「ようかい」。

*22:ルビ「あしう」。

*23:ルビ「かた」。

*24:ルビ「ひゃくにじっ」。

*25:ルビ「こ」。

*26:ルビ「かっぱ」。

*27:ルビ「いけ・ぬし」。

*28:ルビ「あか

*29:ルビ「がっこう・ようかい・あか/き・こ//あか/へんじ・てんじょう・お/あか・き/ま・か・はなし」。

*30:ルビ「かいだん・かた・りゆう」。

*31:ルビ「ようかい・じかんたい」。

*32:ルビ「かいだん・こ・まも/そくめん・ようかい・げこうじかん・ゆう/がた・こ/じかんたい/」。

*33:ルビ「あか/しょうわしょき/かいじん・ひと・とう/じ・せけん・じっさい/だれ・こ/かわ/お・じこし・じっさい/こ/きけん・おや/ひと・う/こ/こ・まも・おとな・こころ・げんだい/か・こ・め/こ・じしん/じぶん・み・まも・かいだん/から・つた・めん・かんが」。