昨日の続き。
部室が怪しかったとか、鬱になりそうな曲を聞かされ続けたとか、いろいろ書いたが、理由はどうあれ、私たちの代は新入部員の勧誘に失敗したのである。仮入部さえ1人もいない。完敗である。
入部者が決まると大阪の石井スポーツに新入部員を連れて行って、個人的に装備すべき品々を購入させる。キスリングや寝袋、テント、石油コンロ等は部の備品を使用するから必要ない。必要なのは身に付ける物、すなわち登山靴とか厚手の靴下とか、厚手のチェックのシャツ、ニッカボッカ(ズボン)、キスリングごと被る雨具のポンチョ、それから方位磁針や地図、水を入れる2リットルのタンク、アルミのコッヘル(食器)とステンレスのスプーンとフォーク、やはりステンレスのマグカップ等である。――そんな先輩面をする機会も与えられなかった。
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それから、使わなくなった木の椅子を斧で割って、新歓山行の前に、学校近くのテント場に運んで置く。当時は学校創立頃から使っていた、ほぼ完全に木製の椅子がそのまま残っていて、順次、背板と座板のみが木で他が金属パイプの椅子に切り替えられているところだったので、かなりの量の廃材を確保出来た。これは、新入生が初めてテントで山に泊まる晩に、キャンプファイヤーとして燃やすのである。
私たちは、廃材の準備を済ませて、一縷の望みを託してテント場に運んで置いたのだが、結局誰も入部しなかったので新歓山行は中止になった。山行は通常、土曜日の午後出発して、日曜の午後下山するのだが、その当日の土曜日、放課後に学ラン姿でテント場に行って、持って帰る訳にも行かぬので、水のない河原に積み上げて、昼日中、火を付けて燃やした。あの炎を見つめていたときの空しさは、やはり今も忘れ難い。
それでも、夏山合宿に向けて、2年生ばかりでトレーニングを続け、文化祭の準備は私がほぼ独力で進めていた。
そして、文化祭の2日めだったか、誰も来ないので、便所に行った。見張りの交替もいないから一時的に無人になった。戻って来ると、テントの中に男女の生徒が入っている。あっと思ったが、別にいちゃつくと云う程でもないので、なるべく邪魔をしないように、彼らの目に付かないところへ移動する。 これも私の高校時代よりは進化していると思うが、こんな感じのテントである。――普段メインで使っていたのは20Kgくらいある、布に厚みのあるとにかく重たいテントで、ロープを張って、ロープを地面に打ち込んだペグで固定して設営するので、教室では組み立てられない。一方、このタイプは化繊で軽く、折畳み式で撓るアルミの柱を×字型に2本、半円形に立てて設営する。ロープを張る必要はなく、教室内でも組み立てられる。もちろん野外では風で飛ばされないように、やはりペグを打って固定するのである。
しばらく、テントに寝っ転がる風情を満喫した2人が去って、また静かになった明るい教室に私1人、……しかし誰も来ない。
流石に退屈になって、あの2人が気持ち良さそうにしていたから、私もテントに寝っ転がることにして、テントの入口を網戸にして、……やはり誰も来ない。
と、そこに、女子生徒が2人、入って来たのである。あっと思ったが、今更慌てて飛び出す訳にも行かない。テントの中に隠れてやり過ごすしかない。
彼女たちは、黒板に掲示した夏山合宿の写真を眺めている。まさに展示を準備して報われたと思える瞬間なのだが、2人のうち1人が、写真を見ながらこんなことを言ったのである。
「あたし、山岳部入ろう思ててんけど、あたし1人で入るの嫌やから止めてん」
私はテントの中でひっくり返りそうになった。
飛び出して行って、今からでも遅くない、と言いたかった。
しかし、盗み聞きしている恰好で、しかも、絶対に驚かせることになる。それに、誰もいないと思ったからこそ本音を言ったのだ。もう、聞かなかったことにするしかない。
しっかり展示を見てくれたこの2人を、驚かさずにやり過ごし、そして1人テントの中であ〜っと、便所の中で身悶えしている太宰治みたいな按配で(どんな按配なんだか)いるところに、今度は女子生徒が3人連れで入って来たのである。――やっぱりもうこのままテントの中でやり過ごすしかない。
と、その中の1人が、夏山合宿の写真を眺めながら、こう言ったのである。
「あたし、山岳部入ろう思ててんけど、あたし1人で入るの嫌やから、止めてん」
くらくらした。――どっちか1人が入っていれば、もう1人も入った。顔は見ていないけれども、声を聞く限り普通に可愛い感じだから、そんな女子部員が2人もいれば、男子の勧誘だって出来たはずだ。
私はテントの中で歯噛みして(本当に噛んだ訳ではなく、物の喩え)悔しがったが、息を殺してやり過ごすしかない。――ただでさえ部室が不気味なのに、いきなり飛び出して部員まで気色悪いと思われたら、それこそダメージが深刻だ。(以下続稿)