瑣事加減

2019年1月27日ダイアリーから移行。過去記事に文字化けがあります(徐々に修正中)。

赤いマント(301)

田辺聖子の赤マント(2)「おべんじょ」
 それでは、11月6日付(299)の続きで、田辺氏のエッセイ「おべんじょ」に見える赤マントに関する記述を見て置きましょう。諸本は以下の通りです。
①単行本『女の長風呂(続)』13頁10行め~15頁1行め。
②文庫版『女の長風呂Ⅱ』13頁11行め~14頁17行め。
③単行本『ウィタ・フンニョアリス』114頁7行め~115頁12行め。
④文庫版『滑稽糞尿譚』114頁11行め~116頁1行め。
⑤単行本『トイレでホッ』130頁10行め~132頁1行め。
 刊年順では①②③⑤④の順となります。①②の詳細は11月24日付「田辺聖子『女の長風呂』(5)」に纏めて置きました。『女の長風呂』は単行本・文庫版で収録順序が変わっているところがあるので、初出の順序そのままかどうか、原本の確認を要するのですが、所蔵機関に行ったとしても時間を掛けて閲覧していられません。――順番通りに収録されているとすれば、『女の長風呂(続)』の巻頭に収録される「おべんじょ」は「週刊文春」第十四巻四十三号(昭和四十七年十月三十日発行)に掲載されたはずです。
 ③④については、11月7日付「安岡章太郞 編『ウィタ・フンニョアリス』(1)」に書影と異同について、11月8日付「安岡章太郞 編『ウィタ・フンニョアリス』(2)」に細目を示しました。⑤の細目は、11月10日付「平成厠研究会 編『トイレでホッ!』(1)」に示してあります。
 以下、関係する箇所をやや広く取って、抜いて置きましょう。
 ①は1頁16行、1行43字、②は1頁17行、1行43字、③は1頁18行、1行43字で改行位置は一致しているので、纏めて「/」で示した。④の改行位置は「|」、⑤のそれは「\」で示し、改頁位置は【 】で示した。

 しかし、夢の中で見る便所がみんな使えないような汚ないところ、実に人間心理のは|たらき\と/いうのは、うまくできてると思う。私は便所に対して神秘感さえもっているの|である。
 子供のころ、便所に関する迷信はじつにたくさんあった。
「赤マント」という流言もその一つであった。昭和十年代のはじめである。「赤マント」*1|なる怪/\物は小学校の便所に隠れて子供を襲い、あたまから食べてしまうのである。
 女の子は、校内の便所でもしばしば痴漢に襲われることがあるから、あながち荒唐無|【④114】稽な作\り/話ともいえない。学校では、「お便所はなるべく連れ立っていきましょう」な|どといっていた\【⑤130】が、*2/【①②13】私たちは赤マントのためだと思っていた。
 女の子の間だけにささやかれる迷信だが、真夜中、便所に鏡をもって入っていると、|未来の\夫/の顔が映るというのである。
 これは魅力のあるこわい話であった。みんな、とてもやりたがっていたが、ついに誰|ひとり\し/た者がない。私だってそうである。未来の夫の顔を見たいが、夜中の便所で鏡|を見られるか\どう/【③114】か、考えてみるがよい。思っただけでも鳥肌が立つ。
 とくに私の家の便所は、長い廊下の先にちょこんとあった。便所の裏は、大阪の下町|に多い、*3/\路地の行き止まりで、いつも地虫の鳴いているような暗い淋しい空地だった。
 昼間はともかく、夜、小さい灯のついたこの便所に入っていると、肥壺*4の底から何か|手が\延/びてきそうな気がして、いつも死ぬほど恐ろしかった。子供の私には便所の底は、|地獄に通\じる/かと思われるような魔界だった。おそろしく暗く、神秘で陰惨で、臭く汚|ない、まがまが\しいと/ころだった。
 しかし私がオトナになり、同時に水洗便所が普及してきて、何だか人生まで、あっけ|らかん\と/してきた。
 便所は食堂と同じく、単純明快、俯仰*5天地にはじないものになってしまったのである。
 昔、必死の思いで恐怖に堪え、用を足したものが、今はぴかぴか光って明るいタイル|【④115】の壁に\【⑤131】か/【①14】こまれて、いろんなのんびりしたことを考えたりしている。‥‥


 田辺氏の小説との関連、そして田辺氏が小学生だった当時の大阪での赤マント流言の状況、そしてここに述べられた内容については、次回簡単に確認することとしましょう。(以下続稿)

*1:④この鉤括弧半角。

*2:①②この読点半角。

*3:⑤この読点半角。

*4:②③④⑤ルビ「こえつぼ」。

*5:①②③④⑤ルビ「ふぎよう」。