瑣事加減

2019年1月27日ダイアリーから移行。過去記事に文字化けがあります(徐々に修正中)。

白馬岳の雪女(47)

辺見じゅん「十六人谷」(10)『闇の祝祭』③
 それでは①単行本と②現代短歌文庫とを対象させつつ、連作「十六人谷」について確認して置こう。と云っても私の関心は伝説及びそこから創作した辺見版「十六人谷」との関連にあるので、全ての短歌を取り上げるつもりはない。
 まづ、小さく詞書がある。①は120頁右上に小さくゴシック体で「十六人谷」とあり、左上に1首めがあるが、詞書は1首めの前、1行分空けて上に詰めて2~5行めに入っている。②は下寄せで72頁下段6~10行め、改行は①に従い②の改行位置を「/」で示した。

わが故郷の黒部峡谷に雪女の伝承あり。/
昔、この黒部に冴えざえと美しき女が棲/み、
山中に入つた男たちの舌を抜いたと/いふ。
杣だちの小屋がけしたその谷を十/六人谷と呼ぶ。


 この「十六人谷」がいつ作られたのか、昭和56年(1981)の『水祭りの桟橋』以降の作品を集めたと思われるので、それから昭和62年(1987)までの間、――昭和52年(1977)刊の『富山の伝説』に雪女と絡めた「十六人谷」を書いてから10年経過しようとするうちに、辺見氏の中では両者はいよいよ融け合って、雪女が杣たちの舌を抜いたような按配になってしまったようだ。
 以下、①は奇数頁には右下と左上に計2首、偶数頁は右上に1首、見開きに計3首、最後の129頁は右下までで左上は空白。②は73頁に1段に5首ずつ10首、2行ずつ空けて並んでいる。残り4首は74頁上段、最後は1首分空白。
 最初の2首を見て置こう。①120頁6行め~121頁2行め②73頁下段1~4行め、

あけぼのの黒檜したたる伝承の*1
あはひに雪の/降りつづきをり
 
 
雪の日はおのが息のみ聞こえつつ
黒部深山に/人語恋しき*2


 冬の黒部峡谷の情景が印象的に詠まれた連作で、伝説の内容を詠ったものは僅かである。冬に杣は山に入らない(特に降雪地で険しい黒部峡谷には)と思うのだが、そこは雪女を混ぜて(?)しまったための混乱(と云って良いのか問題だが)であろう。その意味でも極めて幻想的な作品となっている。
 6首め、①123頁3~4行め②73頁下段1~2行め、

雪ふれば秘色のやうなとんど火に
異類の妻の/みごもりてゐる*3

などは5人の子をなした「雪女」のイメージであろうか。9首め上の句「ことばにて殺めしことを寂しめり*4」は無関係かも知れないが、10首め、①126頁②73頁下段9~10行め、

老いびとと幼き者の残されて
曼荼羅の里にみ/ぞれ降るらし*5

は殺された杣の家族に思いを馳せたのかも知れない。
 はっきり伝説を踏まえていると云えるのは13首め、最後の14首めとともに挙げて置こう。①128~129頁②74頁上段5~8行め、

杣だちの舌とりとりて尾根づたふ
舌ももいろ/に咲まふならずや*6
 
 
冬ばれの檜山杉山夜を越えて
雪ふる里に仏欠/けたり


 やはり冬の事件と云うイメージになっているようだ。

  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *

 さて、この雪女と舌を抜く女の融合であるが、実は辺見氏の発明ではないらしいのである。――辺見氏がその先行例の影響を受けたかどうかは、分からないけれども。(以下続稿)

*1:ルビ①「くろひ 」②「くろ ひ 」以下同様に1音の場合、①は上寄せ、②は中央に振る。

*2:ルビ「み やま/じんご 」。

*3:ルビ「ひ そく/い るい」。

*4:ルビ「あや・さび」。

*5:ルビ「まんだ ら 」。

*6:ルビ①「そま/え 」②「そま/ ゑ 」。