瑣事加減

2019年1月27日ダイアリーから移行。過去記事に文字化けがあります(徐々に修正中)。

道了堂(120)

 この記事はまだ祖母宅の整理を本格化させる前の6月に借りた雑誌と書籍について、返却期限が迫ったため7月13日にメモだけは取って置こうと作成したものの、御覧の通りこれと云った情報もないので「投稿すべきものがないときに投稿」として放って置いたのだが、今日は職場・病院・図書館(2館)と4箇所の用事を済ませて草臥れてしまったので、今から100年前の書簡をスキャナに掛けようと云う気分にならない。そこで、最近の一般的な(常識的な)扱いの一例としてそのまま上げて置こうと思ったのである。

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 図書館OPACで「絹の道」で検索したところ、もうそろそろ公立図書館の雑誌保管期間が満了して除籍されそうな次の雑誌がヒットしたので、念のため借りて、確認して見た。
「男の隠れ家」2020年7月号(毎月27日発売)第24巻第7号 通巻286号・定価750円・三栄・128頁・A4判中綴じ

 020~089頁、半分以上を占める「緊急特別企画 男の隠れ家セレクト」として「癒やしの山城・古戦場・歴史道 ベスト36」が特集されている。025~043頁「Part.1 山城を旅しよう」049~065頁「Part.2 古戦場を旅しよう」073~089頁「Part.3 歴史道を旅しよう」にそれぞれ12箇所、044~047頁「江戸時代の旅人が携帯した道具の数々|旅道具、今昔物語」066~069頁「長旅のための携行食|今も続く 名店の逸品」そして若干の広告が挟まる。なお改行位置は「|」で示した。
 026~029頁、Part.1「01 北条氏の戦いの夢の跡|爽快な山城の頂へ登る|八王子城(東京都・八王子市)」はカラー写真20点を掲載している。しかし好く晴れた日に取材に出掛けており、殆どの写真は明るく、陽射しは強く、空は青く、本文にも心霊スポットもしくはそれを匂わせるような記述はない。
 各パート、01のみ4頁、Part.1 は02と03が2頁、Part.2 と Part.3 は02のみ2頁である。
 078~079頁、Part.3「02 里山に静かに残る|絹のたどった里山道|絹の道(東京都・八王子市~神奈川県・横浜市」に道了堂跡に触れるところがある。なお「~神奈川県・横浜市」としているが紹介されているルートは小泉家屋敷から絹の道資料館を経て道了堂跡、さらに「大塚山の絹の道から足を延ばして/室町時代の城に立ち寄る」として片倉城跡に触れているだけで、八王子市で完結している。写真は11点、079頁下半分を占める大きな写真の左下、暗い木陰になっているところにゴシック体横組み白抜きのキャプション、その右に白枠で囲った小さな写真(2.2×3.3cm)があって、キャプションに「道了堂跡がある大塚山|山頂からの眺望。八王|子市街地を望む。右/|礎石だけを残す道了堂|跡。当時はこの付近に|3軒の茶店があった。」とある。078頁下半分右側に短いが要領を得た説明文がある。上段はまづ3行取りでゴシック体太字「浜街道〟と呼ばれて栄えた八王子~横浜のシルクロード」と題し、以下3段落に説明する最後の段落(下段の下段10~17行め)に、

 分岐から15分程で標高213m|の大塚山山頂に到着。そこには商|人たちの信仰を集めた道了堂跡が|礎石だけを遺して静けさを漂わせ|ているが、かつては茶店も建つほ|ど賑わったという。さらに裏手に|回ると視界が開け、八王子の街や|奥多摩の山々が一望できる。

とある。やはり、いや、当然のことながら、心霊スポットであると云う記述はない。
 序でに、次の児童向け書籍も図書館OPACの「絹の道」検索でヒットしたので借りてみた。
・歴史と文化を訪ねる日本の古道・五街道②『中山道67次 甲州街道45次』2020年4月1日 初版第1刷発行・定価3,600円・教育画劇・41頁・A4判変形上製本

 30頁に「八王子からつづく絹の道」と題しているが、絹の道の紹介は下段左の囲み「八王子市から横浜へ/絹の道」のみで、頁全体の趣旨は八王子宿の紹介である。道了堂には触れていない。(以下続稿)