瑣事加減

2019年1月27日ダイアリーから移行。過去記事に文字化けがあります(徐々に修正中)。

松本清張『内海の輪』(5)

 文庫版のカバーにある紹介文を比較してみよう。
 角川文庫初版(二十三版)のカバー表紙折返し上部に「内海の輪」と題して、明朝体横組みで、

 断崖の上に美奈子を立たせ、下をの/ぞかせた。高所恐怖症の彼女が目まい/で顔を掩*1った瞬間、宗三は支えていた/手に力を入れて背中を押した……。
 考古学界の新進として注目されてい/るZ大助教授江村宗三は、恰好の浮気/の相手美奈子と度々*2逢瀬を重ねていた。/しかし二人で計画した瀬戸内海小旅行/中に、彼が最も愛した“女の分別”が/崩れた。社会的地位を重んずる彼の胸/に湧き起こる殺意
 男女の愛憎心理を鋭くえぐる松本清/張の傑作長編推理。ほか一編収録。

とある。改版では裏表紙の中央に段落分けなしで明朝体太字で、

考古学者の宗三は、元兄嫁にあたる美奈子と情事を重ねていた/が、ある日、妊娠を告げられて、はげしく動揺する。一方、美/奈子は、20歳年上の夫との冷えた生活を精算し、子を産む決意/だと言う。静かな学究生活者の安定が根本から崩れていく不安/と恐怖にさいなまれる宗三は、ついに美奈子への殺意を抱き始/める――。古代遺跡発掘の地が出口のない男女の修羅場と化す、/表題作他一編。

とあって、クライマックスの殺害場面は省略して、登場人物の関係に絞っている。苗字を省略した一方で、美奈子との関係を続柄を示し、そして「分別」云々と抽象的な表現だったのを「妊娠」と具体的にしている。「内海」とは瀬戸内海(小旅行)を指しているのだが、舞台となった土地への言及がなくなっている。
 光文社文庫は最も簡潔である。

新進の考古学者・江村宗三*3は、元兄嫁の西田美/奈子*4と十四年ぶりに再会し、情事を重ねていた。/彼女は二十も年上の男と再婚していた。ある日、/宗三は美奈子から妊娠を告げられる。夫と別れ、/子を産む決意だという。順風満帆の生活が瓦解*5/する恐怖に、やがて宗三の心に殺意が芽生えて/いき……。短編「死んだ馬」も併載。男女の愛/憎心理と破滅を描いた傑作ミステリー二編!


 「他一編」で済まされてきた「死んだ馬」を初めて示している。
 角川文庫初版と角川文庫改版は、5頁(頁付なし)中扉の裏、6頁(頁付なし)の下半分(上半分は余白)に[瀬戸内海付近]の地図がある。これは『全集』394頁上段にある地図(名称なし)とほぼ同じ範囲であるが、若干違う。
 四国の「高知」県は「高知」のみ。「愛媛」県は「今治」と「松山」。「香川」県に「高松」「小豆島」は共通、角川文庫には「丸亀」がない。「徳島」県には「鳴門」「徳島」「牟岐」があったが角川文庫は「徳島」のみ。
 角川文庫では鳴門への鉄道は描かれず、高徳本線は徳島から板野・引田へほぼ真っ直ぐに通じている。牟岐線は当時牟岐駅までだった(昭和48年(1973)10月1日に海部駅まで延長)が角川文庫では終点の地名を示さない。それから角川文庫では土讃本線の多度津〜佃間が描かれていない。予讃本線・徳島線はともに記入されている。
 中国地方の「島根」の県名は角川文庫には入っている。「広島」県は「尾道」「福山」「鞆*6」「仙酔島」は共通、角川文庫には「三次」がない。「岡山」県には「津山」「新見」「倉敷」「宇野」「岡山」は共通、「牛窓」は角川文庫にない。鳥取県も一部入っているが県名なし。
 鉄道は三原までの山陽本線の他、両者に共通して描かれるのは因美線吉備線伯備線福塩線呉線芸備線備中神代〜塩町間である。赤穂線はどちらにも記入されていない。
 木次線三江線姫新線(姫路〜新見間)、宇野線そして宇高連絡船が角川文庫にはない。また芸備線の塩町から三次を経て西へ行く路線もない。三原から先の内陸を進む山陽本線は描かれず、呉線のみになっている。
 一方、『全集』には津山線がない。
 近畿地方奈良県域も入っているはずだが、角川文庫には県境が引かれず和歌山県大阪府編入されたように描かれている。『全集』にも県名はない。「京都府」は角川文庫のみ記入、『全集』は府域を示すのみ。
 「和歌山」県は『全集』では阪和線和歌山線紀勢本線の接点に「○」があるが地名はない。角川文庫は和歌山線が記入されていないが「和歌山」の記入はある。
 「大阪」は角川文庫では「大阪府」、鉄道は阪和線の他、東海道本線のみ。地名は『全集』は斜線で「大阪」市街地を示し、別に「新大阪」とある。角川文庫は「大阪」の文字のみ。
 「兵庫」県は既述したもの以外では播但線福知山線が共通して描かれているが、角川文庫では谷川駅から南下する加古川線があるが、「蓬莱峡」や「有馬温泉*7」の文字に消されて、その南がなくなっている。加古川付近で山陽本線から枝分かれする路線は記入されていない。地名は他に『全集』では「神戸」を大阪と同じく市街地を斜線で示すが、角川文庫には神戸の文字もない。「淡路島」「六甲山▲」「西宮」「宝塚」は共通、『全集』の「大阪空港」は角川文庫「伊丹空港」になっており、『全集』には「伊丹」「洲本」がない。
 海は『全集』は網点、角川文庫は横線の縞。「大阪湾」「紀伊水道」「播磨灘」は共通、『全集』には「瀬戸内海」とあるが角川文庫になく、角川文庫には「燧灘」とあるが『全集』にはない。
 光文社文庫には地図が挿入されていない。ネットで無料で世界中の地図が閲覧出来る世の中である。父が昭和20年代に蒐集していた分県地図の版元日地出版はゼンリンに吸収合併されてしまったし、人文社も先月、倒産してしまった。(以下続稿)

*1:ルビ「おお」。

*2:ルビ「たびたび」。

*3:ルビ「えむらそうぞう」。

*4:ルビ「にしだみなこ」。

*5:ルビ「がかい」。

*6:角川文庫のみルビ「とも」。

*7:ともに温泉マーク。