・大阪附近の赤マント(6)
「大阪毎日新聞」昭和十四年七月一日(土曜日)付第二万百九十四号、7月1日の朝刊の(五)面*1「家庭」面、9段まで記事で以下5段は「毎日案内」、記事の5〜9段め、見出しは5〜6段めの2段抜きで「童心を傷ける/"赤マント"の流言」2行めが最も大きく、その左脇に「お母さんは科學的な説明で/子供の恐怖を取除け」とあります。1字下げのところは行間が詰まっていて振仮名がありません。
童心に深刻な恐怖を投げかけた/
「赤裏マントの怪」――といつ/
てもまだ御存知ないお母さんも/
多いことでせうが、北大阪を中/
心にこの笑ふべき噂が流布され/
てゐます。その噂といふのは夕/
方になると赤裏マントの小さな/
妖怪が飄然と現れ少年少女を吹/
き矢で射つて流れ出る血を吸つ/
た後また飄然と消えて行く、と/
いふので、大人が聞くと他愛も/
ないものですが、少國民を恐怖/
のドン底に落してゐるのです、/
これに對して當局でも斷乎た/
る取締をすることになりました/
が大人もかつて「幸運の手紙」/
に惑はされた例もありあまり威/
張れないわけです、何より世の/
お母さんたちがこの際しつかり/【5段め】
した氣持をもつてこの種惡質の/
噂根絶に乘出さなければなりま/
せん、つぎは大阪兒童教育研究/
所長大伴茂先生の御警告です
◇
こんな妙な噂がなぜ童心の世界に/擴がつたか?その原因として考へ/られるのは第一に大人自身が病的/な精神生活を營んでゐるからでは/ないかと思ふ、大人の精神生活は/子供にも反映する、その結果とし/てほとんど一笑に附すべき噂がい/つまでもその後を絶たないで擴が/つて行く、まづ何をおいてもわ/れ/\自身がもつと緊張し、もつ/と勇氣をもち規律正しい生活を營/*2【6段め】むよう努力しなければいけない*3
そこでこの噂が流布された直接/
動機として、私は兒童心理學/
の上からいつてかう判斷したい/
と思ふ、それは最近起つたノモ/
ンハン事件、西部外蒙國境の空/
中戰、これが敏感に子供たちの/
心に映じいつとはなしにこれが/
關聯してこの種噂をさらに擴が/
らせたものと考へられる、つぎ/
に種痘によるメスの閃き、ある/
ひは豫防注射などが童心に恐怖/
を與へた結果だとも見られる、/
いづれにしてもかうした動機は/【7段め】
問題ではない、今から二百年昔、/
大阪府下に慈雲といふ偉僧が住/
んでゐたがこの人のお母さんは/
二百年の昔から妖怪説を打消し/
村の子供たちに人間は万物の靈/
長であると説き世に妖怪變化の/
存在しないことを説いたとのこ/
とだが、これは昔も今日も決し/
て變つてはならない母の心構へ/
である
まづお母さんは子供たちからかう/した噂を訊ねられたとき、嚴然た/る態度で科學的な立場からかうし/*4【8段め】た噂の根據のないゆゑんを話し打/消してやること*5が大切である、大體/子供の世界にはイロ/\の變化説/が横行するものでかうした根も葉/もない噂に子供が怯えてゐないか/どうかを確かめ、もし不幸にも怯/えてゐる場合は諄々とさとすと同/時に身體的缺陷を注意してやるこ/とが大切である、身體の弱い子供/はともすればかうした噂に負けが/ちであるから體力をつけるよう平/素からお母さんの御注意が望まし/いと思ふ*6【9段め】
主婦を対象とした「家庭」面らしく、教育心理学者大伴茂(1892〜1971.3.29)の談話に、敬体で語りかけるような導入文、「まだ御存知ないお母さんも多いことでせう」とあることから、「大阪毎日新聞」がこの流言を取り上げたのは2月8日付(108)に引いた「大阪毎日新聞」6月30日(七月一日付)夕刊の記事が初めてであったようです。かつ、泉州など大阪府の南部からは未だ報告されていなかったことが察せられます。
「大阪毎日新聞」が赤マントを取り上げた理由ですが、私は次のような想像をしています。
この「家庭」面の右上・トップ(1〜5段め)は「生活を鎧へ」という欄なのですが、この日は「裸で健康増進」という記事で横組みで「談長部察警府阪大野高」とあるのです。すなわち、2月8日付(108)に引いた「大阪毎日新聞」6月30日(七月一日付)夕刊の赤マントの記事にある談話と同じ人の談話なのです。
してみると、初め記者はこの「生活を鎧へ」欄の取材で訪ねたのが、談偶々目下騒ぎを起こしつつあった赤マントに及び、警察部長のコメントが取れたことで、夕刊の記事にしたのではないかと想像して見るのです。或いは警察部長の方からこの際記事にするよう依頼したのかも知れません。記事の内容も通報や投書で流言の動向を把握していた警察関係者が情報源らしく思います。その上で早速「家庭」面の記事にもすべく、大伴氏の談話を取ったのではないでしょうか。
大伴氏のコメントですが、当時進行中であったノモンハン事件に言及しています。東京での流行時にはまだ勃発前ですので、赤マント事件全体を見通しての発言ではありません。まぁ識者の意見を徴したというまでで、特に大伴氏に赤マントについて発言の用意があったという訳ではなさそうです。(以下続稿)