戦前に書かれた作品の本文についてはいろいろと思うところがあるのだけれども、ここでつい数年前に発見された「續夫婦善哉」の本文作成について、『完全版』と岩波文庫版がどのような方針を採っているか、見て置こう。
『完全版』は奥付の前に、
一、「夫婦善哉」は、雑誌「文藝」(昭和十五年七月一日 改造社)を底本に、「続夫婦善哉」は、平/
成十九(二〇〇七)年に薩摩川内市川内まごころ文学館で発見された織田作之助直筆原稿より起/
こした。前者における不明箇所等は、『夫婦善哉』(昭和十五年八月 創元社)を参考に補なった。
一、収録にあたっての表記は、新字新かなづかいとし、必要に応じて付したふりがなや補足箇所は、/
〔 〕で記した。
とある。もう1項目あるが「差別的で不適切な表現」についての断り書であるので省略する。
岩波文庫版には奥付の前の頁付のない2頁に〔編集後記〕があって、1頁めに、
一、本書は次に挙げる初出単行本を底本とした。
「夫婦善哉」「放浪」「雨」「俗臭」 『夫婦善哉』創元社、昭和十五年刊
(7行略)「続夫婦善哉」は、雄松堂出版から二〇〇七年一〇月に刊行された『夫婦善哉 完全版』に収録され/ている織田作之助の直筆原稿(写真版)から直接起こした。この直筆の完成原稿は、現在、鹿児島県薩/摩川内市の川内まごころ文学館に所蔵されている。
続いて「明らかな誤記、誤植と思われる箇所」と「差別的な表現」について、そして1頁めの最後に、
一、次頁の要項に従って表記がえをおこなった。
として、2頁めは「岩波文庫(緑帯)の表記について」が示される。
近代日本文学の鑑賞が若い読者にとって少しでも容易となるよう、旧字・旧仮名で書かれた作品の表記/の現代化をはかった。‥‥
として(五)項目並べる。これについては本文を引用する際に必要に応じて注記することにしよう。
文語文の作品も現代仮名遣いにしてしまうような出版界であるから*1、いづれも口語文であるこれらの作品が歴史的仮名遣いではなくなっているのは、別に怪しむに足りない。
しかし、表記替えの中にはやらなくても良いところまで改めて、却って作家の意図を損ねている箇所も、指摘されるのである。多分、他の作家の他の作品にも同様の例はあろうけれども、最近の例として特に批判を加えて置きたい。(以下続稿)
*1:これに抵抗しなかった(しきれなかった?)学者先生たちの情けないこと! 文学部の入学試験にも古文を課さず、読めない学生ばかりになって己の首を絞めていることに気付かない訳でもあるまいに。