瑣事加減

2019年1月27日ダイアリーから移行。過去記事に文字化けがあります(徐々に修正中)。

川端康成『古都』(10)

・時期(2)出来事
 前回、年中行事の開催状況についての記述が多いことを指摘して、実際はどうだったか殆ど調べていないのだけれども、曲水宴と吉井勇の一事からしても、作中の時間はWikipedia「古都」項に指摘されている通り、昭和36年(1961)らしいのである。
 昭和36年(1961)の京都の出来事というと「秋の色」の冒頭、134頁2〜3行め、

 明治の「文明開化」のおもかげを、今に残すものの一つ、堀川を走る、北野線の電車が、つ/いに取りはらわれることになった。日本でいちばん古い電車であった。


 この京都市北野線(堀川線)については、どたぐつ(dot)(1949・京都市生)のHP「「どたぐつ」をはいて…」の「路地と図子」番外編「京都市電−北野線跡を訪ねる」(2005/11/06)*1に、2種の「北野線(日本最初)廃止記念乗車券」が紹介され、それぞれ「北野線乗車記念|36.7.19|京都市交通局」と「北野線乗車記念|36.7.29|京都市交通局」の円印がある。また、「日本映画における鉄道が登場する場面(特に昭和20〜40年代の鉄道黄金期)を作品毎に解説するブログ」との説明のあるテツエイダのブログ「日本映画の鉄道シーンを語る」の、2012-07-21「29. 夜の河」に、昭和31年(1956)9月12日公開の吉村公三郎監督の大映映画「夜の河」に、堀川線(北野線)がカラーで鮮明に映っていることが紹介されている*2

 さて、「廃止記念乗車券」にもあったように「昭和36年7月31日」で廃止されたので、134頁12行め〜135頁1行めに、

 いく日か、乗る用もない人々で、古電車は満員がつづいた。日傘をさす人もある。七月のこ/とであった。

と時期が示されている。
 他にも昭和36年(1961)の出来事が指摘される。すなわち、「きものの町」の章、「御室の花見」に行った佐田一家があまりの人出に諦めて、行先を変えて向かった先が京都府立植物園なのだが、68頁5〜6行め、

 植物園は、この四月から、ふたたび開かれて、京都駅の前からも、あらたに植物園行きの電車/が、しきりに出るようになっていた。

と説明されている。「この四月から」とあるのは、「京都府」のサイト「京都府立植物園の紹介」に拠れば、戦後、昭和21年(1946)から12年間進駐軍に接収されていたのが、昭和36年(1961)4月に再開されたからで、このことは52頁2〜3行めにも、

 植物園はアメリカの軍隊が、すまいを建てて、もちろん、日本人の入場は禁じられていたが、*3/軍隊は立ちのいて、もとにかえることになった。

と述べてある。千重子の母・しげが植物園に入って、68頁14行め「京都ばなれした景色どすな。さすがに、アメリカさんが、家を建ててはったはずや」と言っているのは、このことに基づく発想である。
 してみると、作中の時間は、新聞連載が始まった年である昭和36年(1961)で問題なさそうであるが、実は、そうではない。
 最初の「春の花」の章、千重子が幼馴染の水木真一の誘いで「平安神宮の桜見」をする場面で、19頁11〜17行め、

「日本の庭はみんな抽象とちがいますの? 醍醐のお寺のお庭の杉ごけのように、抽象、抽象/て、やいやい言われてると、かえっていややけど……」
「そうやな、あの杉ごけはたしかに抽象やな。醍醐の五重の塔は、修理がすんで、落慶式や。/見にいこか」
「新しい金閣寺みたいに、醍醐の塔もならはったんどすか」
「あざやかな色に新しなったんやろな。塔は焼けてへんけど……。解体して、もと通りに組み/立てたんや。その落慶式が、ちょうど花の盛りで、えらい人出らしい」

との会話があるのだが、醍醐寺五重塔落慶法要は、東京文化財研究所刊行の『日本美術年鑑』に掲載された彙報・年史記事を網羅した「美術界年史(彙報)」の記事番号:02165「醍醐寺五重塔の再建成る」に拠れば、昭和35年(1960)4月6日なのである。「見にいこか」或いは「その落慶式が、ちょうど花の盛り(に当たったん)で、えらい人出(になる)らしい」というのだから、この真一の発言は1年後のものとは思われない。昭和35年(1960)4月の5日か、4日のこととしか、思われない。平安神宮の桜と、醍醐の桜と、それから御室の桜とで、満開になるに若干の時間差があるのだとしても。
 してみると、当初、連載開始の前年、昭和35年(1960)の設定で書き始めたのが、同じ「四月」の場面を書いているうちに、再開したばかりの「植物園」の場面を思い付いて、うっかり昭和36年(1961)にしてしまったことになりそうだ。そして、そのまま昭和36年「七月」の「北野線」廃止と続くのである。(以下続稿)

*1:2019年2月21日追記】前者は現在リンク切れになっており、別に検索するとブログ「「どたぐつ」をはいて・・・」がヒットする。後者は当初「http://dot.hobby-web.net/zusi/kitano-line.htm」と云うアドレスであったが貼り直した。

*2:2022年4月14日追記】下にDVD2点に加えてVHSを追加。

*3:この行は4箇所の読点で1字分詰めている。8月31日付(07)に示したように「‥‥いた/が、‥‥」と処理すべきところがそうなっていない。