瑣事加減

2019年1月27日ダイアリーから移行。過去記事に文字化けがあります(徐々に修正中)。

山本禾太郎『小笛事件』(1)

創元推理文庫『日本探偵小説全集11 名作集1』東京創元社・796+3頁*1

・1996年6月21日初版 定価1165円*2
・2004年9月3日3版 定価1,200円*3
 図書館で見掛けては読んでみたくなって手にはしつつも、大部であることに躊躇して借りずに済ませてしまう、そんなことをこれまで何十回となく繰り返したシリーズである。
 このシリーズのことを思い出したのは、先日、次の本を何となく手にして借りて読んだからである。
山下武『探偵小説の饗宴』一九九〇年十一月十日第一版第一刷発行・定価2000円・青弓社・242+2+x頁
探偵小説の饗宴

探偵小説の饗宴

 図書館の書棚の前で3〜7頁(頁付なし)「目次」を眺めているうち、最後(179〜239頁)に収録されている「『小笛事件』の謎――山本禾太郎論*4」に目が止まったのである。事件の名称に見覚えがあるような気がして本文を眺めて見ると、事件のあらましや間取り図の方が、よりはっきりと記憶に残っていた。もちろん何も見ずに間取りや死体の位置が書けるなんて記憶ではなくて確かに見た覚えがあるという程度だけれども、それで、あぁこの事件が「小笛事件」なのかと思って、帰宅後検索して、私が目にしたのは『日本探偵小説全集』であると見当が付けられたのである。
 それから、mole la mort(1969.7生)のブログ「奈落雑記」の2009/01/12「細川涼一「小笛事件と山本禾太郎」」(記 2002/11/10〜11)により、次の本にも論文が載っていることを知った。
京都橘女子大学女性歴史文化研究所編『京都の女性史』2002(平成14)年10月12日発行・定価2,400円・思文閣出版・A5判上製本*5
京都の女性史

京都の女性史

  • メディア: 単行本
 昨日、昼食後にテレビを付けっぱなしにしていて、テレビ東京の2時間ドラマ「雪冤」を見ていたら、なかなか吃驚するような展開だった*6。――幼馴染みの男女2人を刺殺した容疑で大学生の八木沼慎一(林泰文)の死刑判決が確定する。刺殺場面が回想シーンとして流れたのは覚えているが、初めは何となく付けていただけだったので殺害の動機は聞き漏らした。しかし、かなりあっさりした描写だったし詳しい説明はなくてせいぜい三角関係の縺れということになっていたのであろう。父で、元敏腕弁護士の八木沼悦史(橋爪功*7は息子の無実を信じて奔走しているのだが、息子は罪を認め、父と面会しようともしない。しかしこの父も、特に証拠があって息子の無実を主張しているのではなく、職業的な勘でしかないというのが何とも弱い。
 父の様々な努力*8も空しく息子の死刑が執行され、殺人事件の時効15年が経過したときになって漸く父は事件の目撃者(加藤武)に会って真相を聞かされる。――事件当日、幼馴染みの3人、靖之・恵美・慎一は、目撃者から彼らが小学生の折に起こした死亡事故について話があるとて、恵美の家に集まるように指定されていた。そこで恵美は、ちんぴらのようになっていた靖之に強姦される。靖之はそのつもりで慎一に嘘の時間を教えていた。恵美は自分を辱めた靖之を刺殺し、自分も腹部を刺して自殺を図る。そこに慎一が現れる。しかし、どういうふうに目撃者から連絡が行ったのかよく分からなかったが、靖之は行為の中途で目撃者(加藤武)や慎一(林泰文)が現れる危険があることを考慮していないのであろうか? 慎一には嘘の時間ではなく嘘の日を教えるべきだったろう。このドラマは平成22年(2010)9月29日放映で、原作は平成21年(2009)刊、原作では殺人事件が起こったのは平成5年(1993)となっている(Wikipediaに拠る)。確かに、平成の初年であれば携帯電話も普及していなかったから、行き違いがあってもすぐに連絡出来る状態でなかったから、このようなことも可能ではあった。
 それはともかく、慎一は救急車を呼ぼうとするが、恵美は慎一が好きだったと告白し、強姦されたことを人に知られたくないと言って拒絶する。そこで慎一は死にきれないでいる恵美に止めを刺す*9
 しかし、犯罪性のある変死体は司法解剖されるから、慎一が黙しても死亡直前に性行為のあったこと、それも暴力的に犯されたことは分かってしまうはずである。靖之が避妊したようには見えず、恵美は処女だったようだから、足利事件の頃ではあるけれども、体液から靖之に強姦されたことはどんな無能な警察でも(何か隠したい背後関係があるのでもない限り)分かりそうなものだ*10。もし警察が性交渉には気付いてそれが強姦だということには気付かなかったのだと仮定したら、冒頭の、警察・裁判及び慎一の虚構の供述に基づく虚構の再現シーンでは、2人とも服を着た状態で慎一に刺されていたから、慎一は2人の合意の上での行為が終わるのを待って、服を着る余裕も与えた上で中に入り、それから逆上して2人を刺したことになってしまう。……いや、これはちょっと意地悪く書き過ぎた。――2人が服装は整えたけれども行為を終えたばかりでそういう雰囲気を未だムンムンさせているところに慎一がやって来て、2人の様子がおかしいのでいろいろと聞いているうちに好きだった恵美が靖之とエッチしたばかりだったことを知って逆上して――ということになるか?
 ……好い加減止めましょう。とにかく、恵美が強姦された事実は完璧に隠されたまま、慎一はこれを隠し切ったことに満足したから、従容として吊り下げられる(テレビ東京のドラマはこういうところをしっかり再現して見せる)のだから、慎一の自供だけを裁判関係者も全員信じ切って、不自然なところも自供に合わせて理解して、押し切ってしまったことになる。のだけれども、いくらなんでもそんな程度の調べで死刑判決が出るのだろうか。もっと公判中あれやこれや考えやしないだろうか。――その意味では、父の疑問はまことに尤もだということになろう*11。しかし、その父の努力も、やはり方向が間違っているように思えてしまうのである。詳細は省略するけれども。
 原作は平成21年(2009)の第29回横溝正史ミステリ大賞で、大賞とテレビ東京賞をダブル受賞した作品であるから、やはりこれはドラマ化に際して手を入れた結果、無理が発生してしまったのだろう。
雪冤

雪冤

  • 作者:大門 剛明
  • 発売日: 2009/05/29
  • メディア: ハードカバー
雪冤 (角川文庫)

雪冤 (角川文庫)

 出来れば原作まで読んで確かめるべきなのだけれども、差当り書影だけ示して置く。
 それはともかく、昨日こんなことをあれやこれやと考えてしまったのも、司法解剖の結果を基に他殺か自殺かを巡って法廷で激論の繰り広げられた『小笛事件』に関する山下氏の論考を、一昨日借りて来て読んだばかりだったからなのである*12。(以下続稿)

*1:【10月4日追記】版元と頁数を追加。

*2:10月4日追加。

*3:10月4日追加。

*4:9月24日追記】「目次」7頁9行めによる。本文179頁1〜2行めには上揃えで「『小笛事件』の謎/山本禾太郎論」とあり、振仮名「こふえ」がある。なお、二重鍵括弧開きは「目次」も半角。

*5:9月26日追記】判型を補った。

*6:2020年4月23日追記】タグ「TVドラマ」を追加した。

*7:「(木下ほうか演ずる)少女殺人犯を弁護して(冤罪を訴え)無罪にするが、拘置所を出て(就職した先の社長を殺して)小学生の娘を(誘拐して)殺して(自殺)」という辺りは見た記憶がある。けれども木下氏はよくこういう役を演じているので別の2時間ドラマかも知れない。残りの部分は覚えていなかったし。なお、橋爪氏の若返り演技はなかなか見事であった。

*8:この記事には必要ないので説明しないが、これがドラマの主要な内容になっている。

*9:目撃者は3人が指定した通り集まるかどうかを疑って、時間前に庭に忍び込んで窓から中を窺っていたので、一部始終を目撃したことになっている。

*10:【追記】こう書いたけれども、司法解剖にも担当出来る人員の不足などの問題があるので、或いは死因に直接関わらないとみなされた事象(この場合は直前の性行為)については、慎一が2人は恋愛関係でそういう仲だった、と嘘をついたらそれ以上の追究がなされずに終わってしまった可能性もあるのかも知れない。なお「犯罪性のある」を追加。

*11:そういう動きがある死刑囚の刑を早々と執行するのか、という疑問もある。しかし、執行後のシーンで大した反響もなかったように見えるから、やはり父の印象に基づいた冤罪の訴えには説得力がなかった、ということになるのであろう。

*12:続きは『京都の女性史』を見てから書くこととしよう。