瑣事加減

2019年1月27日ダイアリーから移行。過去記事に文字化けがあります(徐々に修正中)。

上方落語「三年酒」の原話(3)

 1月2日付(2)の続きで、『米朝落語全集』の「解説 三年酒」を確認する前に、まづ昨日見た『米朝ばなし 上方落語地図』「安治川」項の本文、最後(単行本134頁上段8〜16行め=文庫版文庫版183頁10〜15行め)に添えられた桂米朝のコメントを確認して置こう。

 どうしても直らんやつを、焼かな直らんと言うたんですね。/それが火葬ということにかけて|サゲになる。幕末に神道講釈と/か心学講釈、こんなものが仏教の講釈とともに非常にはやっ/た。*1|娯楽と教養を兼ねたもので昨今の講演会ばやりの風潮と、/ちょっと似ている感じです。
 この落語は、私が復活したのですが、神道講釈は営業上、こ/とさらに仏教の悪口を過激に言|います。以前、京都でこれをや/った時、尼さんが三人見えていたのが、途中で帰られて困った/|ことがありました。


 このコメントも、桂米朝の口演ではマクラに組み込まれていて、『米朝落語全集 増補改訂版』第四巻の「三年酒」の速記を見るに、冒頭(25頁上段1〜8行め)に、

 三年酒というのは、まあ珍しいというだけのおはなし/で。大体これ、あっちやこっちで演れるというような噺/でもございません。というのが、けったいな噺でして、/もう坊さんをぼろくそに言いまんのやな、この噺は。こ/れを私はあるとこで演ってたら、尼はんが二人来てはり/まして、途中でいやな顔して出ていかれてしもた。あれ/からがっくりきて、長いこと演らなんだ。まあ演りにく/い噺で。*2

とあって、場所をぼかしたのはともかくとして、何故か尼僧の人数が異なっている。
 続いて神道講釈の解説(25頁上段9行め〜下段9行め)が続き、そして1月2日付(2)に触れた「義竜」をサゲまでやって、28頁上段14〜17行め、

 という噺で。江戸時代からこんな噺がございますので。/これをお寺はんの前でやったんやさかい、そら怒られる/のはまあ、無理もございませんが……。やりにくい噺で/すな。


 そしてマクラの最後(28頁上段18行め〜下段5行め)に寺請制度について説明して、1行空けて本題に入っている。――すなわち、尼僧たちは「三年酒」の内容に怒って退席したのではなく、マクラの「義竜」を聞いて席を立ったので、「義竜」は神道講釈の神学者が主人公で、徹頭徹尾、痛烈に仏教を批判した話なのだが「三年酒」はまぁ、そこまでの話ではない。そこまで聞かずに帰ってしまったようなのだけれども。(以下続稿)

*1:文庫版のこの行、句読点を詰めて最後の句点を追い込む。

*2:ルビ「演」に全て「や」。