瑣事加減

2019年1月27日ダイアリーから移行。過去記事に文字化けがあります(徐々に修正中)。

「木曾の旅人」と「蓮華温泉の怪話」拾遺(37)

・日本の現代伝説『ピアスの白い糸』(2)
 昨日の続きで、大島広志「Ⅳ 家族」の3節め「父の背中」に、171頁3行め「〔参考背中に殺した女」として添えられている「蓮華温泉の怪話」のヴァリエイションを見て置こう。4行めから13行めまで、上に話の引用を示す太線があって2字下げで本文。典拠との異同は註に示し、書き換えた部分は太字にして示した。

 日本アルプス白馬岳の中腹にある“れんげ温泉”にあった明治三年ごろの話九月ある夜、*1/温泉宿の主人五つどもがイロリで山鳥を焼いていた青な顔*2の紳士が一夜の宿/を求めて入ってきた。紳士*3夕食を食べている時、隣の部屋で寝ていた八つ*4男の子が急に*5泣き/出し、「お父ちゃん、あの人がこわいよ!」と叫んだ。*6主人は他で泊ってくれと頼む。*7客は/外へ行く*8泣いた*9子の話によると、*10客の背中に髪*11ふり乱した女の人がいて、子ども*12笑っていた/という。翌朝*13巡査がきて、若い女を殺した犯人がこの山中に迷い込んだという*14犯人は捕ま*15。/犯人は、「うらめしそうな顔をしたあの女が、いつも私から離れませんでした。どこまでも、ど/こまでもついてきてうらみをいってのろっていました」といっていた。〈要約〉
(今野圓輔編著『日本怪談集』幽霊篇 社会思想現代教養文庫、一九六九年。原典は一九五三年/の『毎日新聞』)


 典拠の「社会思想現代教養文庫」は「社会思想社現代教養文庫」であろう。その原文は2011年1月25日付(09)に、「蓮華温泉の怪話」との異同を注記しつつ引用して置いた。
 しかし、見えていたのは子供だけでなく飼犬にも見えていたのに、この〈要約〉では犬の存在が無視されている。――大人に見えなかったものが犬と子供には見えた、と云うのはポイントになると思うのだが、これでは「父の背中」に引き摺られた整理と云わざるを得ない。尤も、この現代教養文庫『日本怪談集―幽霊篇―』の例は、2011年1月25日付(09)でも注意したけれども「五つの子ども」がどうしたのか全く説明していない点で、そもそも話として欠陥があると云わざるを得ないのだけれども、――そのまま解釈すれば、「五つの子ども」は(「八つの子ども」及び「二匹の飼犬」と同じように、見えていたけれども)異常なことだとは感じなかったので、泣いたり騒いだりしなかった、と云うことになるのだろう。
 話のポイントになる台詞はそのまま残し、台詞による状況説明は地の文にすると云うのは要約の常道であるが、例えば到着時の紳士の台詞は全く無視されている。しかしその台詞に出て来た糸魚川や、それから越中といった地名が省かれているのも私には気になる。民俗学では個々の違いよりも共通点すなわち通底するものを見ようとするから、固有名詞が捨象されがちになるような気がするのだが、話の伝播を考える際にはむしろ、固有名詞が指標になることもある。伝播の痕跡を探るには女の笑い方が「ゲタゲタ」か「ニタニタ」か、そんな違いも見逃せない。
 昨日触れた「お母さんのをおんぶ」の〔類話2〕及び〔類話3〕の〈要約〉も、実はもっと色々なポイントがあったはずだのに、大島氏が差当り気にしているところだけが残されているのではないか、と思うと、比較検討に際してどうも使いにくいのである。
 さて、要約と云うものの危険性については、2015年10月4日付「山本禾太郎『抱茗荷の説』(09)」に、山本禾太郎の名作「抱茗荷の説」について、山下武と細川涼一の要約の問題点について縷々検討して確認したことがあった。もちろん『日本怪談集―幽霊篇―』くらい買って置け、と云うことなのだろうけれども、〔類話2〕及び〔類話3〕のように、俄に参照することの出来ないものは、もう少し何とかして欲しいように思うのである。(以下続稿)

*1:典拠では「三年ごろの話――九月になって湯治客も山を下り秋色一入深いある夜、妻に先立たれた」となっていたが、太字部分を省略、もしくは書き換え。以下同じ。

*2:典拠は「五つになる供と囲炉裏をかこんで山鳥を焼いていたが、青白く輝く月を浴びて真青な顔をした鳥打帽」――山鳥を焼いていたのは典拠の通り、主人だけで良いのではないか。

*3:典拠には「「鉄砲打ちに来たのですが、大事な鉄砲は谷に落とし、道に迷ってやっとここまでたどりついたのです。糸魚川から登りましたが……」とぎれとぎれに説明する男の声を聞きながら、主人は山鳥で夕飯を出した。客うまそうに」とあったのを殆ど省略している。大島氏は県名を示さないが「白馬岳」の印象で長野県の話と受け取られそうである。

*4:典拠は「になる」。

*5:典拠は「突然激しく」。

*6:典拠は「び、なだめにいった主人にしがみついて、夕食を食べている紳士を指した。そのとき宿の飼犬が二匹ともはげしく吠えたて、それが静まり返った山峡にこだまして身ぶるいするような無気味さであった。 意を決した」となっていたが、子供の態度については飼犬の存在と共に省かれている。

*7:典拠では「、「子供がだんなを恐がって仕方がありません、ほかで泊って欲しいんですが」というと、その」と、台詞になっていた。

*8:典拠は「急にブルブルふるえ出し、あたふたと靴をはいて外へ飛び出していっ」と客の紳士の反応を記す。

*9:典拠は「それで子供はようやく泣き止んだが、その」。

*10:典拠は「さっきの」あり。

*11:典拠は「をおどろに」となっている。

*12:典拠は「すがりつき、子はゲラゲラ」。

*13:典拠は「恐ろしくなった宿の主人は、戸締りを厳重にし、愛児を抱きかかえてその夜はおののきながら過ごしたが、翌朝になって駐在所の」と恐怖の一夜を語るが、省いている。

*14:典拠は「越中若い女を殺した犯人がこの山中に迷いこんだといっ

*15:典拠は「そこで大騒ぎとなり、宿の犬も協力し山狩りをしてようやく捕まえることができた」とあるが、やはり犬も含めて経緯を省く。