瑣事加減

2019年1月27日ダイアリーから移行。過去記事に文字化けがあります(徐々に修正中)。

白馬岳の雪女(44)

 仕事から帰って遅くなった昼食を済ませ、お茶を飲みながら録画して置いた笑福亭仁鶴追悼特集の「バラエティー生活笑百科」を見て、泣けて泣けて仕方がなかった。
 私は仁鶴室長の全盛期も知らないし、落語も最近まで聞いたことがなかった*1
 兵庫県立高校時代にはテレビを殆ど見ていなかったので、関西のお笑い番組にはほぼ縁がなく、東京に出て来てから、図書館にあった『桂米朝 上方落語大全集』のカセットテープを聴き、この番組を見て関西を偲ぶよすがとしたのである。
 私はどうも、横山やすしダウンタウンはどうしても好きになれず、殆ど見たことがない。その系統の人たちも同じく。こちらの同世代の人々にそちらばかりが連想されることに抵抗を覚えつつ、しかし大阪を大して知っている訳でもない。院生になるまで、梅田しか行ったことがなかった。関西に住んでいる間は、奈良や京都、そして兵庫県内を少し回っただけで、実際には関西のことや上方文化を、肌では殆ど知らぬのである。だから却って、桂米朝の落語や、仁鶴室長の司会ぶりに、自分の求める上方文化の余裕と落着きを見ようとしていたのかも知れない。

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 昨日の続き。
・遠田勝『〈転生〉する物語』(24)「一」12節め③
 「一 白馬岳の雪女伝説」の最後の節、44頁9行め~47頁6行め「北安曇の「雪女郎」の正体」は、村沢武夫『信濃の伝説』に載る「雪女郎の正体」を、次のように紹介する。45頁7~13行め、

 白馬嶽の晩秋といへば木の葉といふ木の葉はもうすつかり散りはてて世はまぎれもなき冬の/姿となり、と云つてスキーには早くこの山に登ると云へば猟師位のものとなるのである(22)

と妙に悠長な書き出しだが、読んでいけば、ここに登場するのは、猟師の茂作と箕吉の親子、ひど/い嵐に襲われ、山小屋で休んでいるところに白い美しい女があわられ、と、まぎれもない白馬岳の/雪女伝説である。後に箕吉の嫁となる女は「小雪」と名乗り、生まれる子供は五人、と律儀に伝説/を踏襲しているが、なぜか「雪女」とはいわず、最初から最後まで「雪女郎」という異称のみで押/し通している。


 注(22)は前回引用して置いた。そして、8月24日付(28)に見た、高濱長江訳『怪談』に基づく行文の一致を根拠に、青木純二『山の伝説 日本アルプス篇』に拠っている、とする。46頁7~12行め、

 しかし、この「雪女郎」の伝説についていえば、このなかに「お前がかうして縫物をしてゐる横/顔を灯影で見てゐると」(『信濃の伝説』一四六頁)という特徴的な一文が使われていることで、お/およその見当はつくのである。これは、いうまでもなく、先に青木が高濱訳を引き写した証拠とし/て挙げた「お前が、かうして裁縫をしてゐる顔を灯影で見てゐると」という一文を引き写したもの/にちがいないからである。つまり村沢の語る、北安曇の「雪女郎」の正体は、青木の雪女であって、/この間の伝承は、またしても、机上の引き写しによるものなのである。


 ただ、「雪女郎」の名称の他にも、変わっているところを幾つかあることを指摘している。46頁13行め~47頁1行め、

 したがって、物語の大筋も青木と大差ないのだが、長さとしては『大語園』よりもさらに短く簡/略化されている。ただし、その縮め方は、小舟ほど繊細でも巧みでもない。たとえば、雪女が白い/息を吹きかけ茂作の命を奪う場面が欠落していたり、最後に子供について一言もふれないまま小雪/が姿を消してしまったりで、文字による伝承で、ここまで抜け落ちてしまうのかと驚くほどの、変/貌ぶりで、これがまた、次の世代の伝承で、読み解くのに少々、手間のかかる、ややこしい混戦の/【46】問題を生むのである。

とあるのだが、実はこれらの異同は、全て村沢氏に拠るものではない。青木純二と村沢武夫の間には、実はもう1つ文献が存していて、そこで「雪女郎」への変更が行われていたのである。
 その文献については追って取り上げることにするが、来るべき比較検討のために、遠田氏が本書に引いている『信濃の伝説』の本文及び関連する説明を、後の章からも抜いて、ここに纏めて示して置こう。
 52頁9~10行め、

 ……箕吉もそれに吊りこまれて遂うとうと眠くなつたかと思ふとたん一人の若い美しい女が/戸口にあらはれて囁くことに、(『信濃の伝説』一四五頁)


 46頁に指摘されていた欠落の、前者は57頁14行め~58頁3行め、

‥‥、村沢の「雪女郎の正体」では、前にふれたように、/雪女が茂作のうえにかがみこみ、白い息をふきかけるという場面が欠落している。箕吉はいきなり/雪女に、自分が現われたことは他言してはならぬと口止めされ、雪女が姿を消してから、あわてて/【57】茂作をゆすって、すでにこときれていることに気づく。これは、青木や『大語園』にはない、ずさ/んな要約で、これではハーンがせっかく視覚化した雪女の魔力が消えてしまうばかりか、肝心の、/茂作の死が雪女の仕業であることさえ、わからなくなってしまうのである。‥‥

と文章で説明され、後者は58頁9~11行め、

「とうとうあなたは一言も口外になさらないと誓つたお約束を破りましたネ、何をお隠し致し/ませう、妾*2はあの時山小屋を訪れた女です、あなたの仰有る通り妾は雪女郎でした雪の精でし/た。」(『信濃の伝説』一四七頁)

の引用を中心に説明されている。
 そしてもう1箇所、63頁3~4行め、

 「あなたは本当に綺麗なお方です、妾はあなたを見たらたまらなくすきになりました、」(村沢『信濃の伝説』一四五頁)

が、青木純二『山の傳説 日本アルプス』の当該箇所に並べて引用されていた。(以下続稿)

*1:9月13日追記】だから私にとっては「仁鶴室長」以外の何者でもないのである。なお『米朝落語全集』を『桂米朝 上方落語大全集』に訂正した。

*2:ルビ「わたし」。