瑣事加減

2019年1月27日ダイアリーから移行。過去記事に文字化けがあります(徐々に修正中)。

道了堂(86)石造物①

・道了堂の石造物(1)
 私は中学生時代、横浜市南部から鎌倉市・逗子市・葉山町横須賀市西部、藤沢市東部と云った辺りを自転車で走り回って、庚申塔の調査をしていた。何でそんなことをしたものだか、今となっては自分でもよく分からないのだけれども、数百基の庚申塔の銘文を読み、写真を撮った。それで江戸時代の年号と干支はほぼ全て頭の中に叩き込んでしまった。尤もこの辺りで庚申塔の造立が盛んになるのは寛文・延宝以後なので、それ以前は少々あやふやだったのだが、その後、大学・大学院で江戸時代の前期を専攻したので天正から後は完璧に身に付いた。
 それはともかく、インターネット情報はもちろん書籍でも、道了堂にある石造物の銘文をきちんと読んだものが殆どないことが何とも歯痒く、それこそ中学生の私を派遣して読み取らせたい気分なのだが、いづれオッサンの私が果たすことにして、今は公立図書館で帯出可能な書籍より得られる情報を整理して置こう。
①かたくら書店新書20『絹の道』7~14頁、佐藤広「一、絹の道とは何か――道了堂を歩いて――
②歴史の道調査報告書 第四集『浜街道三 道筋の確定と現状「㈤ 鑓水峠から浜見場へ(約二・六キロメートル)」42頁〔58頁〕上段1~7行め
③歴史の道調査報告書 第四集『浜街道四 沿道の史跡・文化財等「㈠ 八王子市域の史跡・文化財等」57頁〔73頁〕下段13~24行め
④かたくら書店新書45『浜街道「第2部 歩いてみよう「絹の道」」134頁4行め~146頁9行め「3 大塚山公園――道了堂のあと」
 いづれも先月来、取り上げて検討して来たものばかりであるが、①かたくら書店新書20『絹の道』は打越歴史研究会編で昭和61年(1986)9月刊、この章については6月8日付(69)に検討したように題と内容が齟齬しており、内容からすると副題のみで良い。②③歴史の道調査報告書 第四集『浜街道は東京都教育委員会の報告書で平成8年(1996)3月刊、は主任調査員の馬場喜信の執筆と推定され、6月21日付(82)に見たように調査員の新堀八重の調査・執筆である。④かたくら書店新書45『浜街道は馬場喜信著、平成13年(2001)3月刊で歴史の道調査報告書 第四集『浜街道での成果をジュニア向けに、ある部分はごく簡略に、ある部分は詳しく書き改めたもの。
 これらを、4月27日付(46)及び6月9日付(70)に予告したように、彼此比較対象させながら道了堂にあった石造物を見て行きたいのだが、書籍だけでは手許にの何も備えていない人には伝わりづらかろうから、④かたくら書店新書45『浜街道を参考に、道了堂旧境内の石造物を1つ1つ写真に収めている平山貞一(1948生)のブログ「TEIONE BLOG」の2016-10-11「浜街道(1)八王子~矢部02 鑓水峠」をとして、これに加えて置こう。これ以外にも道了堂跡を訪ねた様子を紹介したブログ等は多々あり、心霊スポットとして訪れた動画等を加えるとそれこそ際限がない(現在も新たに投稿され続けている)有様で、その中には平山氏よりも鮮明な写真を掲載したものもあるのだけれども、差当り石造物を網羅しようとしたものとして推奨して置く。もちろんネット情報を隈なく漁った訳ではないので、もっと良い、素晴らしいサイトがあるかも知れない。(以下続稿)