瑣事加減

2019年1月27日ダイアリーから移行。過去記事に文字化けがあります(徐々に修正中)。

七人坊主(08)

 ネット上にはこの七人坊主の怪談、検索してみると10月19日付(6)で紹介した岡林リョウ「百鬼夜話」以外にも散見される。
 具体的な地名を伏せ、時代を現代に置き換えたものが、2ch「死ぬ程洒落にならない怖い話を集めてみない?32」に2003年4月9日に投稿されており、「ザ掲示板 > 心霊現象/霊能力」の「後味の悪い話4」の2008/04/01「7人坊主」、「怖い話.com」の2009年11月09日「文章 > 七人坊主」、よしぞーのブログ「都市伝説・・・奇憚・・・」の2010.04.19「★ 七人坊主」、謎(@40khmb40)のブログ「怖い話まとめブログ」2010/12/13『七人坊主』、「怖いコピペのまとめと解説」の2011年4月29日「昔見た本から」等に転載されている。菊池氏の作品を書き換えたもののようだ。
 他に、「まいぷれ/船橋習志野の地域情報」連載コラム、山口敏太郎「千葉妖怪伝説」の「その五 最凶妖怪・七人ミサキは現実に実在する!!前編」と「その六 最凶妖怪・七人ミサキは現実に実在する!!後編」は、諸説を総合しているが典拠を示していない*1。違った説もあるが小池氏の本に載る説とほぼ重なっている。
 また、怪談をいろいろな説を挙げつつ紹介しているTOのブログ「実録!!ほんとにあった(と思う)怖い話」の2008/11/19「八丈島の忌み話」も、諸説を紹介し背景にまで突っ込んで、小池氏や山口氏と同様の見解を示しているが、そんな中でも次に引用するような、他に見えない文献を挙げているのが貴重である。

この手の「伝承」は、現代になって捏造されたモノであるケースが多いのですが、「七人坊主」のお話は、かなり昔から存在していました。大正15年に発行された「民族」(小寺融吉 著) の中で、八丈島の話として次の様な民話が紹介されております。

八丈島に漂着した7人の坊主を島人が惨殺した。
怨念がその地に宿り、坊主と呼ぶと、7人の坊主の姿が夢現と現われた。

つまり、「山中で口外してはいけない、七人坊主惨殺話」と言う云われは、実際に存在していたのです。


 小寺融吉(1895.12.8〜1945.3.29)は民俗芸能研究家だが、『民族』という著書はない。してみるとTO氏は原文を見たのではなく、何かの孫引きなのであろう。小池氏が挙げている浅沼氏・菊池氏、そして浅沼氏の記述を借りた中岡氏以外にも、七人坊主を紹介した文献があるようだ。「民族」というのは雑誌で、Wikipedia八丈方言関連の文献一覧」に「小寺融吉(1926)「八丈島の話」『民族』1-6」もしくは「小寺融吉:八丈島の話.民族,2(6), 1131-1133」として見えているものであろう。(以下続稿)

*1:なお、「バックナンバー」では「その五 七廻り塚の怪女」「その六 怪談「返してください」」となっている。「千葉」に関係ない話なので差し替えたのだろうか。