瑣事加減

2019年1月27日ダイアリーから移行。過去記事に文字化けがあります(徐々に修正中)。

森満喜子「濤江介正近」(1)

 森満喜子の本を何冊か借りて来た。いづれも版元は新人物往来社で四六判上製本である。
・『沖田総司抄』昭和四十八年十二月十五日 第一刷発行・昭和五十二年十一月 五 日 第七刷発行・定価980円・246頁

・『沖田総司幻歌』昭和四十九年十一月十五日 第一刷発行・980円・269頁・『定本 沖田総司――おもかげ抄昭和五 十 年十一月十五日 第一刷発行・昭和五十三年二月二十五日 第四刷発行・定価1200円・216頁・『沖田総司・おもかげ抄 <新装版>一九九九年四月十五日 第一刷発行・定価2200円・216頁 うち『沖田総司幻歌』は近所の市立図書館で借りた。今は捺されていない蔵書印が269頁の裏、奥付の前の白紙の頁にあって「50.9.10/購入」とある。裏表紙見返しに貼付された紙2枚に「か え す 日」の日付印が「60」年まで年数回ずつ捺されている。そして短篇小説6篇の最後、266頁の余白に「𠮷久沖田総司もっと生きてほしかった‥‥」、油性ボールペンの点描で♡を書いて被せるように「沖田総司ファン/かおる.」、「沖田総司さまだいすき !! 」、「幾年月 あなたを思いつづけてきたことか……….かおる.」、他にも3箇所ほど抹消された跡がある。せっせと市立図書館で借りては思いを募らせて、書込みまでしてしまったようだ。しかしこの頁以外は綺麗で、だからこそ除籍されずに今も書庫に収まっている。
 『沖田総司抄』と『定本 沖田総司――おもかげ抄』は隣の市の図書館の本館の蔵書で、カバー裏表紙に貼付してある「受入」票にはともに「6025」とある。昭和50年代に入ってしばらくするとブームのようなものも落ち着いて来たらしい。知らんけど*1。いや、私はそもそも新選組に余り興味はないので、学部生時代に清河八郎『西遊草』を買って読んだのも紀行文への興味からで、清河氏のことを知っていた訳ではなく、経歴を知ってもそれで新選組を調べようとも思わなかった。 いや、私にはどうも、2011年1月1日付「森鴎外『雁』の年齢など」に述べたような、皆が関心を持っているようなものには惹かれないところがあって、新選組などは私が手を出さなくても良いだろうと云う気分になって、そもそも暴力も苦手なので、私の新選組の知識は大河ドラマだから見た、三谷幸喜脚本の『新選組!』であって、それ以外の知識もないではないが、イメージとしては完全にこのドラマで出来上がっている。後は渡辺謙主演の『壬生義士伝』を見たくらいである。これは実家で、一人で見た。
 このドラマは家人と連合いになって初めて通しで見た大河ドラマだった。今の『どうする家康』など、何作品か途中で見るのを止めたのもあるけれども。
 そう云えば、家人が秋に実家に帰ったとき、歴史などについて物識りの私への土産だと言って、その少し前に修学旅行で京都に出掛けた甥が、新選組にかこつけた菓子を買って来てくれていた。 シールを剥がしてあるのだが、記念に保管して置くべきだろうか。
 それはともかく、森氏の本について、私には何とも批評すべき知識も思入れもないので、今は11月23日付「大和田刑場跡(24)」の後半に触れた、東屋梢風のブログ「新選組の本を読む ~誠の栞~」の2015/11/04「名和弓雄『間違いだらけの時代劇』」等によって知った『沖田総司抄』所収の短篇「濤江介正近」に限って、確認して行くこととしたい。適宜『定本 沖田総司――おもかげ抄』等にも触れるつもりである。(以下続稿)

*1:2024年2月6日追記】他にも同じ図書館の蔵書の、森氏の『沖田総司哀歌』第十刷、『沖田総司幻歌』第二刷、『小説 沖田総司』そして新人物往来社編『沖田総司の世界』第五刷、『沖田総司に捧げるバラード』第四刷に、「6025」とある「受入」票がある。同図書館派昭和59年(1984)に現施設が開館しており、かつ裏表紙見返し遊紙に貼付されている「貸 出 期 限 票」の年月日印が「60」年以降に限られているところからして、新施設の蔵書を充実させるため昭和60年(1985)3月に纏めて購入したものと見て、間違いないようだ。